一章−1


何者の言葉からそれが始まったのか、それが自分達の内側から必然的に溢れてきた欲求だったのか、正直なところ覚えてはいない。今となってはそれはどうでもいい事柄であったし、自分が生きて自分という生物であることだけが彼にとっては全てと思えていたのだから。
ただわかっていたのは自分の力が、何よりも同胞の誰よりも秀でていたこと。
争うことを好まなくとも、許してはおけないと自分の感情が動かされたこと。
まるでそれは彼の力を試すためだけに、目に見えない何かが仕組んだことのようにすら思える。
自分は、竜王などという名を冠するつもりは毛頭なかった。
ただ、同胞達と共に、自らに与えられた生をまっとうする。それが生きるということだと思っていたし、自分は自分であり、それ以外の何者でもなく、生を受けたときに与えられた名以外のもので呼ばれることはその生涯にないと思っていた−もちろん具体的にそう考えていたわけではなく、新たな名で呼ばれるようになってからそう思ったのだが−

お前が我らの長になるのだ

お前こそ竜王の名にふさわしい

お前以外の誰も考えられぬ

うるさい。
勝手な欲求を何故自分に押し付けるのだ。
彼は、それらの言葉をまったく無視することを決め込んでいた。
同胞たちが何故、長を選ぼうとしているのか、そして、竜王などというものを選ぼうとしているのか彼にはまったくわからなかった。
が、今思えば、彼がそうであることが、既に彼が上に立つべき者であることを示していたのかも知れない。
同胞たちが一体何の不安にかられていたのか、彼にはまったくわからなかった。
もしかして、わからなかったのは彼だけだったのかも知れない。
今となっては始まりの必然、同胞が叫んだ需要、そして、供給。
それらは彼には理解できないままだったし、誰に聞くことももはや叶わない。
勝手にすればいい、と思っていた。
欲しいと思うものが欲しいと思うものを手にいれるために努力をすればいい。
力が必要ならば、力を得て。
みなからの信頼が必要ならば信頼を得て。
その先にあるものが竜王というものであれば、それを目指せばいいだろうと思っていた。
彼は、自分が何かに選ばれた、突出した生き物だという自覚がなかった。

いつものように誰からも離れ、彼は遠い草原でそっと横たわっていた。
何をするわけでもない。ただ、彼は草の香りを嗅ぎ、風の音を聞き、空の光を体に浴びる。
たったそれだけのことが好ましいと思えた。
同胞たちを決して嫌ってはいなかったけれど、最近は煩わしくて仕方がないと思える。
と、そのとき、ずし、ずし、と何かが近づく重い音を地面越しに彼は聞いた。
体を起こして首をあげる。と、遠くの方から白い小柄な竜が近づいてくるのが見える。
あれは、パーリィだ。
それは見知った牝竜だった。
特に愛してはいない。ただ知っている、というだけの竜だ。
彼女は羽根を持たないから、空を飛ぶことが出来ない。それにしてもなんだか動きが鈍重だ。
が、彼女が近づいてくるにつれ、その理由が彼にもわかった。
「サズ・・・ヴィズルが、ヴィズルが・・・」
「どうした!」
彼女は血まみれで彼の元に倒れこんだ。どうっという音が響く。
彼女は彼とは違う種族であったから、固い鱗を持たない。竜の中でも比較的弱い種族だ。
そのなめらかな白い体には、一目でそれとわかる浅い傷があちこちに刻まれている。
それは多分、嬲られた痕だ。
「ヴィズルが、タイダリアサンと、手を組んだわ」
「・・・タイダリアサンと」
「あなたを支持するみんなを、ねじ伏せるって・・・」
ひゅうひゅうと音をたてながら彼女はそう告げると、瞳を閉じた。
死んだわけではない。ただ衰弱をしているだけだ。
あなたを支持する?何も頼んだ覚えはない。何故自分が支持をされるのかわからない。
彼はそっと彼女の頬の傷を舐めた。それは別段彼らにとっては性行為に結びつく行動ではない。
うっすらと彼女は瞳を開け、少しだけ嬉しそうに
「あなたがわたしに優しくしてくれるなんて、嬉しい」
「・・・おかしいか?」
その言葉は心外だった。
別に邪険にしているわけではない。ただ、とりたてて愛しているわけではないだけだった。
彼にとっては、傷を負った同胞に同情するのは、何一つおかしいこととは思えなかった。
「あなたは手が届かない相手だと思っていたし、わたしのことなんて気にしてくれないと思ってた」
「届かない?」
彼女が何を言っているのか、彼には何もわからない。
「サズは、竜王になるべき存在ですもの」
「・・・」
言い終わるともう一度彼女は目を閉じて、「わたしのことはもういいから」と唸った。
言われなくともそうするつもりだった彼は、彼女を置いてその場から離れた。
大きな翼を広げて、彼は一声高らかに鳴くと羽ばたいた。
彼のその翼も、その声も、倒れている牝竜がとても愛しいと、美しいと、憧れていたものだったけれど、それは彼にとっては知ることが出来ないことだったし、知りたくもなかったであろう。
不愉快だった。
何もかも。

「バハムート、ね、バハムートったら!」
「・・・」
「バハムートーっ。わたし、幻界に、行っちゃうよーっ!」
その声でバハムートは目覚めた。
彼はもうとっくの昔に慣れてしまった人の形を保ったままで、うたた寝をしていたらしい。
目の前には緑の髪を揺らす、愛しい少女が立っていた。
艶やかで見ただけで弾力を感じられる白い肌、睫が長めの大きな瞳、下唇が女性らしく少し厚めの桜色の唇。
何もかもが生気に満ち溢れ、どの洞窟にいるのが不似合いと思える彼女が、彼には愛しくて仕方がない。
今までの彼の長い人生で、目を開けたときにこんなに温かい気持ちになったことが何度あったというのだろう。
彼は今、遠い昔に居を移した、幻獣神の洞窟と知る人がそのままの名で呼ぶ洞窟に住んでいる。
つい少し前までは彼が住まう月と対に見えるもうひとつの月が寄り添うように存在していたけれど、人の手によって作られたその月は、遠い宇宙の果てへと放浪の旅に出た。
残された月で、彼は相変わらずハミングウェイ達の歌を聞きながらぼんやりと従者二人と過ごしていた。
目の前の少女、リディアが彼と共に生きるために、人間としての生を捨ててまで彼の元に来たということ以外、何も変わらない日々だ。
「ああ、そうか・・・」
床に座り込んでごつごつした岩にもたれて眠っていたバハムートは、立ち上がらずに一度フードをとって、落ちてきた前髪をかきあげてから再びフードを被った。
リディアは膝を曲げて、彼のそんな仕草を覗き込んでから笑う。
「なあに、眠っていたの?」
「ああ・・・夢を見ていた・・・」
「・・・バハムートが、ゆめ!?」
素っ頓狂な声をあげるリディアに、バハムートは滅多に見せない、少し人間じみた表情で苦笑を表し、
「わたしでも、夢を見るのだぞ」
「そ、そうなんだー。なんか不思議」
「・・・そうか」
「どんな夢を見てたの?」
リディアは屈託のない笑顔をバハムートに向ける。
まぶしすぎる。
バハムートは目を細めて、それを見た。
「・・・覚えていないな」
「なんだあ、つまんないー!」
「だけど」
何故、自分はそれを口走ってしまったのか。
いつもの彼ならば、きっとリディアには告げなかったのだろうと思うのだが・・・。
「とても、苦しい、夢だった・・・」
「・・・バハムート・・・?」

彼が同胞たちの元に降り立ったとき、そこは戦の跡地と化していた。
そう被害は大きくはない。けれど、小さくもない。
何十体の竜ががやがやとひしめき合い、かつてほとんどなかった同胞同士の戦いにあせりを隠し切れない様子だった。
岩場には何体かの竜が傷つき倒れ、中には命を奪われたものもいる様子だった。
舞い降りてきた彼は、群れの中で指示を出している灰色の、比較的小型の竜に声をかけた。
「一体どうしたんだ」
「サズ、ヴィズルが・・・ヴィズルが、タイダリアサンと共にここに現れて・・・」
おろおろと説明をしているのは、彼らの中でも年長組にはいる竜だった。彼は年長者に対しての礼は重んじていたから、いくら相手が無様に狼狽していても、それについて多くは言わない。
「何故戦に」
「お前を支持するものをみな殺すと・・・。真の竜王になるべき竜を見間違うな、と」
「・・・馬鹿馬鹿しい・・・何故それでこいつらは戦うことになった」
「真の竜王になるべきものはお前だと・・・そうヴィズルに言った途端、ヴィズルが連れてきた仲間が襲い掛かって・・・」
なんという愚かなことを。
彼は溜息をついた。
愚かなのはヴィズルだけではなく、自分を支持し、そして命を落とした同胞もだ。
「タイダリアサンたちは黒き波動に満ちている」
そう声をたてたのは、彼よりもかなり年が下の若い竜だった。鱗はくすんだ茶色で、まだ硬化しきっていない。その若い竜だって、彼がもつ立派な黒く、時には光の加減で鈍い金色にすら光って見える美しくも硬い鱗を憧れていた。
「やつらは正気じゃない。ヴィズルは、やつらに騙されているんだ、きっと。でなきゃ・・・」
「・・・騙されているわけではないだろう」
彼がそう言うと、若い竜は押し黙った。
「ヴィズルが望んだことだ。わたしには、わかる」
「じゃあ、サズが竜王になるのを、ヴィズルは良く思ってないっていうのか」
「そうなのだろうな」
「・・・何故」
「それはわからない」
ヴィズルは、他者に騙されるような竜ではない、と彼は思った。
騙されるのであれば、それはきっとお互いの利害が一致したとき。そのときに騙されるふりをして逆に利用しようと企む・・・言い方は悪いが、そういう竜だと彼は感じていた。
(昔は、そういうやつではなかったのにな)
どこからヴィズルがそんな風になったのか、彼は知らない。
気がつけばヴィズルからの視線を痛く感じるようになっていた。そして、その頃は既に道を違えていたのだろうと彼は冷静に思っていた。
それがこんな形になるなんて、そのときは思ってはいなかったけれど。
「ヴィズルは、お前になりたかったのだろう」
年長の竜が重々しく彼に語りかけた。
彼らが話し合っている間にも、傷を負った竜は薬草を傷口にあててもらって手当てをされている。
は、と今更ながら気付いて彼は慌てて言った。
「・・・そうだ。パーリィが、西の草原で倒れている。誰か手当てをしてやってくれ」
「おい!ガッタ!西の草原にパーリィが倒れているそうだ!」
「わかった!」
その声をうけて、彼と同じ種族の、それでも彼より一回り体が小さい竜は翼を広げた。
口と手に薬草を持っている。
その竜が空に飛び立つ姿をみつめながら、彼は問い掛けた。
「ヴィズルはどこにいる」
「多分、南東の洞窟に・・・」
「そうか」
「ヴィズルは、お前になりたかったのだろう」
もう一度、年長の竜は彼に言った。
彼は、聞きたくない、と思った。
「ヴィズルは、皆に認められ、バハムートに、なりたいのだ」
その言葉を苦々しげに聞いて、彼は首を横に振る。
「なりたい者がなれば良い」
「サズ、我々はお前に」
「そう思うのは勝手だ。わたしは、わたし以外のものには、ならない」
まるでパーリィの声が聞こえるような気がした。多分、彼が人間であれば、耳を塞いだに違いない。
サズは、竜王になるべき存在ですもの
そんなものは、知らない、と彼は思う。
わたしは、わたしだ。
わたしは、わたし以外の何かになりたいと思ったことなぞない。
なのに何故みなは、わたしをわたし以外の何かにしようとしているのだろう?
そして、ヴィズルは何故そこまで、「それ」になりたいと思うのだろう?
彼にはそれが理解できなかった。

リディアは久しぶりに青き星と一角を共有する幻界に姿を現した。
いつもバハムートは彼女を送るだけで、決して姿を幻獣達には見せない。
「わー!リディアだ!」
「リディア!」
彼女が幻界にいくと、いつもまっさきにボムとチョコボ、そしてシルフがすっ飛んで来てくれる。
彼女が幼い頃によく遊び友達になってくれていた彼らは、今も変わらず、まだ幻獣としては幼い。
こんな風に単純に喜びを表してくれる彼らをリディアもとても好きだった。
「久しぶり!遊びに来たよー!」
リディアは時折こうやって幻界にやってくる。
人間として人間界に留まることも、人間として幻界に留まることも選ばなかったリディアは、ただ「バハムートの側で生きる」ということだけを選んだ。
幻獣達はリディアが何者であろうと、自分達を愛してくれて、そして自分達を召喚してくれる愛しい娘であるという事実に変わりがないことに安心をしていたし、何よりも彼女が幻界にやってきてくれることが嬉しくて仕方がない様子だ。
彼女自身、お前は人間なのか、と問われればきっと困るに違いない。
彼女がわかっていることは、自分はバハムートのことを愛していて、彼と共に生きたいと思ったということ。
そして、何をしたのかはわからないが、どうやら「それが可能な生き物」に自分がなったということ。
だからこうやって幻界に遊びにくることが出来るということ。
たったそれだけだ。
それ以外のことは、今の彼女にはあまり意味がなかったし、考える必要もなかった。
ただ、普通の人間ではなくなったということだけは確かで、彼女が大好きだったセシル達と同じ時の流れで生きていくことはなくなった。そのことは寂しいと思う。
リディアは、バハムートの代わりに幻界に訪問をしたり、幻界にいない幻獣のもとにいったりと、幻獣達の様子を見るのがもっぱらの仕事になった。
もともとバハムートは幻獣達を見守るだけで、幻界の統治から幻獣達の勘理、何もかもをリヴァイアサンに任せていた。
その姿勢は変えようとは思っていない。
ただ、自分が愛しいと思っている、自分が作り出した幻獣達はみな、自分が愛しているこの少女を愛しく思っている。
そしてこの少女もまた、幻獣達を。
彼女と会うことで、それまでバハムートが、他の幻獣達が知らなかった、魂の充足を幻獣達から感じることをバハムートは知った。
そして、それを感じている幻獣達をバハムートはとても愛しいと思うし、それを幻獣達に与えている彼女をもまた愛しいと思う。
だから、「幻獣達の様子を定期的にうかがいにいく」という仕事をリディアに与えたことは、彼にとっても幻獣達にとっても、今までの生ではえられなかった喜びを手に入れる手段だった。もちろん、リディアにはそうだとは決していわないけれど。
「みんな元気そうだねー」
「リディアも元気?」
「うん、元気だよっ。ねえ、ちょっと大きくなったんじゃないー?」
チョコボの体にばふっと体当たりをするリディア。クエッ、とチョコボは鳴いて返事を返す。
幻界に行くと、こうやってみなが迎えに出てくれる。それから彼女は彼等に囲まれたままでリヴァイアサンとアスラに挨拶に行く。それがいつもの流れだった。
そう、いつもならば。
けれど、この運命の日は、彼女達の「いつも」を許してはくれなかったのだ。


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