第一章-2

暗い闇の中。
それは深い深い地下よりも更に奥深い、冷たい空間。
近くを蠢く魔物達の息遣いだけが聞こえる。
目に見えない大きな力に支配されて忌まわしいこの場から離れることも叶わず、助けを呼ぶほどの無様な真似もせず、自分の鼓動を感じている。
ただひたすらに俺は、繋ぎとめられたその空間で緩やかな時の流れに苛立ちながら、死ぬことも出来ずに存在した。
うんざりとするこの生の中で、唯一強く抱く感情は。
同じ血をわけた、あの男へのものだった。
何故お前が。
その問いに答える者は既に存在せず、ただ俺は返事が無いその恨み言を繰り返すばかりだ。
今の俺が成すべきことは、傍らにあるこの剣を守ることだけ。
それすら俺の意志ではない。
それでも、今の俺はそれを守るために生かされた、そのためだけに生まれた生物のように、抗うことが出来ない目に見えない鎖で魂は繋がれている。
時折過分な力を手に入れようと俺に近づく人間達が訪れる。「番人」などという屈辱的な役割を与えられたことを考えると、吐き気すらする。
人間達は大きな力を持つあの剣を狙ってこの地下渓谷に潜り込む。
欲望のままに宝を漁り、更に満足出来ぬようにもっともっととと手を伸ばす。
それを感知すれば、俺は好むと好まざると、その愚かな生き物を試す。
とはいえ、自分の中にある何かしら凶暴な、争いを好む性癖だけはどれほどの時を隔てても消えることがない様子で、俺はその愚かな生き物を岩に叩きつけ、肉を裂くことだけは「楽しい」と純粋に思っていた。
自分の力を見せつけることは、楽しい。
恐怖でその場にひれ伏す、馬鹿な生き物の命を奪うことはたいそうおもしろい。
けれども本当は。
この楽しみを奪うべく、俺をねじ伏せるほどの力をもつ人間がいれば。
そうすれば、そのとき俺の封印は解き放たれ、この暗闇の中で過ごす、あまりにも理不尽であまりにも情けない、苛立たしい時が終わる。
一体、その時はいつ来るのだろうか。
それはわからない。
わからないけれど、唯一明確なことは。
俺が自由を取り戻したときは、あの男を殺すときだ。
幾度となく、俺という存在を否定して、そして最後にはこの地に封印した、あの竜を。
「・・・また、愚かな者共が来たか」
誰かが来た。
近づいてくる足音は、人間のものだ。1,2,3・・・5人。
ひたすらに息を潜めてその時を待ちつづけた俺の前に。
運命をもたらす者達が、現れた。
愚かしい者達に期待をして、敗北を喫してさえ救われるなぞ、本意ではない。
本意ではないけれど。
気が遠くなる長い年月を取り戻すべく、俺は、自由になった。

ときどき、青き星に住まう幻獣達のもとにリディアは一人で訪問する。
幻獣界の住人達は彼女の訪問をいつでも大歓迎だ。
何故なら、彼女こそ彼らの神である幻獣神の寵愛をうけた唯一の人間で、かつ、今現存する召喚士の中で唯一すべての幻獣と契約を交わし、召喚を許された者だから。
彼女がバハムートから力を借りて幻獣界と青き星の人間界が繋がっている境界に降り立つと、彼女の訪問を幻獣達はすぐに嗅ぎつけてすぐさま迎えに出てくる。
幻獣の中でもかなり下級のボムやチョコボ達は、リディアの訪問にいつも我慢が出来ず、我先にと居住区から飛び出てくるものだ。特にリディアと幼い頃から一緒の幻獣の子供達は元気いっぱいだ。
「リディアー!!」
「わあ、みんな、わたしが来るって、よくわかったね!」
「そりゃわかるよ!」
ボムにチョコボにシルフに。
リディアが幻界にいた幼い頃によく遊んでいた、慣れ親しんだ顔ぶれがリディアを出迎える。
彼らが住んでいる幻界のエリアに行けば、リディアは幻獣王であるリヴァイアサンとその妻アスラのもとに挨拶に行く。
時折そこで引き止められて長話をしたり、時によってはすぐに人間界にリディアが行ってしまうことがある。
それを知っているから余計に彼らが急いで会いに来てくれる事もわかっていた。
バハムートはリディアを幻界に送るときに、幻界の中枢部ではなくて手前の洞窟内に送ってくれる。
そこから中枢部までは、彼ら、幻獣の子供達とリディアだけの楽しいひとときがいつも待っている。
最近幻獣の誰がやってきた、とか、幻獣王とその妻アスラがどういう喧嘩をした、とか(彼らは妙に人間めいていて、リディアはいつもその話で笑ってしまうのだが)チョコボが以前より足が速くなった、とか、彼らの日常生活の話を聞きながらリディアはのんびり歩いていく。
洞窟には魔物がまだいくらか巣食っているけれど、そこにリディアを送り込むバハムートの巨大な力を感知して、彼らは決して今はリディアにちょっかいを出さない。
野生の魔物達は、大きな力に敏感だ。
彼らが何もしなければリディアとて、幻獣達とて、何もしやしないのだ。
今はそういった力でねじ伏せている形かもしれないが、もっと正しく共存出来るように、いつの日かなって欲しいとリディアは思う。
「今日は幻獣神様は?」
「バハムートは来ないよー。いつも通り」
「そっか」
「あの方は、僕らが嫌いなのかなあ?」
げっげっげ、と妙な声をあげながらボムの子供は言う。
「そんなことないよー。バハムートは、みんなのことダイスキだよ」
「だって、あまりいらっしゃらないんですもの」
シルフのフリージアはチョコボの頭にのっかって羽根を休める。
「バハムートは、自分が来るとみんなが恐がるから、って言ってるよ」
「それはそうでしょ。幻獣神様ですもの。恐がるっていうか、恐れ多いわよね・・・って、きゃあ!」
子チョコボが頭を急にぶるぶる、と振るものだから、シルフは振り落とされて、慌てて羽根を羽ばたかせた。
「もーぉ、何よ」
「くすぐったいんだもん!」
リディアはそのやりとりをみて「あはは」と声を出して笑った。
リヴァイアサンによって幻界につれてこられたリディアの世話を焼いてくれたのはフリージアだ。
そして、人間の子供を物珍しく覗きに来て、すぐに仲良くしてくれたのは、その当時から現在にかけてずっと子供でいつづけるボムとチョコボだ。幻獣の子供達の成長は遅い。早くリディアに召喚される大人になれるといいのになあ、と二匹は口癖のようによく言っていたものだ。
リディアが歩く速さに合わせて皆が動く。
ずうっと昔からそうだった、自分達のこの呑気なコミュニケーションにリディアは心地よさを感じている。
「それでね、この前・・・わあっ!?」
明るく話を続けようとしたリディアは、突然素っ頓狂な声をあげた。
聞きなれない、ごごごご・・・と地鳴りが響き、ぐらりと足元が揺れる。
岩肌が崩れるほどのものではなかったけれど、あまり今までに経験が無い大きな力に驚いてリディアは叫んだ。
「地震!?」
それはまるでタイタンの力によって引き起こされた現象のように思える。リディアはわずかにふらつかせる。
浮かんでいるボムやシルフ達にはまったくその影響はないけれど、チョコボはおびえて声をあげた。
「わあ・・・び、びっくりしたあ〜」
やがて、そうほどなくその地震は収まったけれど、リディアはどうも今一歩納得できずにシルフに聞く。
「一体、なんだろ。ここで地震なんて、めずらしいよね」
「めずらしいなんてもんじゃないわ。タイタンは怒らないもの。タイタンが怒らない限り、ここで地震なんてありえないよ」
「そうだよね」
幼い頃に、感情のほとばしりによってリディアは突然タイタンを召喚したことがあった。
あの心やさしい土の巨人は、まだ彼を呼ぶには不十分な幼い召喚士の心の叫びを感知して、彼女を救おうとやってきてくれた。
彼は、そうそう感情的になることは無い。
土の力を司るタイタンが一度怒りに我を忘れれば、ありとあらゆる地上での営みが覆され、破壊されてしまう。
こんにち、そういった大きな問題なく、この青き星の住民達が生活をおくることが出来るのは、ひとえにあの巨人が穏やかで、余程のことがなければ我を忘れたりすることがないからだ。
だから、違う。
これはタイタンの力ではない。
「・・・!」
なんだろう。この、感覚。
リディアは目を見開いた。
何かが、来る。
彼女は訓練された兵士でもなんでもないから、人の気配、とか、殺気、といったものをよく感じ取ることは出来ない。
けれども召喚士の才能ゆえか、リディアは「人ではない何か」の気配には敏感だ。
「みんな、何か・・・」
様子がおかしくない?とリディアが声をあげた瞬間、リディアの背後から「何か」が突風のように勢いよく彼女達を襲った!
「きゃあ!」
突然感知した危機に反射的に目をつぶってリディアが身をよじると、彼女の左横を目に見えない力がかすめる。
ドン、という大きな音と、まるで喉がしわがれたカエルのような声がリディアの耳に響いた。
「い、ったーい!」
目に見えない「何か」は、体をよじって避けたリディアの左手をかすめて、擦り傷のようなものを白い甲に作って行く。
リディアは叫んで左手を抑えたが、すぐに自分よりも大変なことになっている者がいることに気付いた。
「グエッ!!」
「ギーブ!」
「クエッ!」
彼女の左側にはボムの子供である、幼馴染と言っても良いギーブが宙に浮いていたが、目に見えない何かをギーブは正面からくらって、洞窟の壁に打ち付けられた。
そのまま、宙に浮くこともままならずにギーブはずるずると壁にそったまま落下して、地面に落ちた。
「ギーブ!ギーブ!」
慌ててリディアは気を失ってしまった幻獣に駆け寄る。
「熱っ・・・」
いつもはリディアが近くにいれば体温調節をしてくれるボムであったが、気を失ってしまっては少しばかり本来の体温にあがってしまうらしい。決して彼の体をつつむ赤いそれは引火する単純な「火」ではなかったけれど、リディアが触れるには高温すぎた。
「大丈夫よ、リディア」
シルフのフリージアがギーブの様子を見てリディアにそう言う。ギーブは、ギ、ギ、と聞きなれないうめき声をたてている。
フリージアがいれば大丈夫だ、とばかりにリディアは、ようやくその「何か」を引き起こした原因を探ろうと顔をあげた。
そのとき。
ざっ、ざっ、と誰かが歩いてくる音が聞こえる。
幻界につながるその洞窟の薄暗さの中に溶けてしまうような、黒い塊。それが人の形として認識出来るようになるまで、わずかな時間を要した。もしかすると、その「もの」は初めは人の形をしていなかったのかもしれない。
しばらく目を細めてそちらを見ると、ようやく人影のようなものがリディアの視界に入ってきた。
「あなたが、今、ひどいことしたの!?」
近づいてくるその人間らしき者は、黒いローブをまとった男で、フードで顔を隠している様子だった。
普通の人間が幻界のフロア近くまで来ようとすれば、相当な手練でなければ一人で来ることは出来ないとリディアには思える。
「通り道を塞いでいたからだ」
低い声。それは男性のものだ。
確かに大きな体はリディアよりずうっと上背があったし、一歩一歩は間違いなく男性の歩幅だ。
「と、通り道って・・・こんなに広いじゃない!」
リディアは気が動転したのか、そこまで主張しなくてもいいことを口にして、両手を広げてみせた。
その男はずかずかとリディアに向かって歩いてきた。
黒いフードで顔が遠目では見えなかった。が、近づくにつれてその下に隠されていた顔がリディアにも確認出来るようになった。
「・・・あっ・・・!?」
軽く声をあげてリディアは男を見つめる。
「バ、ハ、ムート・・・?ううん、違う・・・」
驚きのあまりに彼女はその場に立ち尽くして、無造作に近づいてくる男の存在を待った。
その男は。
黒いフードつきのローブ自体、誰かを彷彿させたのは事実だ。
それは、月で出会ったあの幻獣神が人の姿をしているときに着用しているものとあまり違いがないように思える。
しかし、それのみならず。
そのローブで覆われた中身が問題だった。
白い肌に切れ長の銀の瞳。黒髪が頬に、額にはらはらとかかっている。
人間でいったら年のころは20代後半あたりに見えるだろうか?それでもリディアは、その人間「らしき者」が人間ではないということを瞬時に感じ取る。
あまりにもあの人に、似ている。
「今、なんと言った、娘」
低く通る声が問い掛ける。
リディアはまばたきを忘れてその男を見つめた。
「この顔に覚えがあるというのか?」
男は無遠慮にリディアに近づいて正面に立つと、ぱさり、とその顔を覆っていたフードを後ろに逃がした。
「!」
リディアの目前にさらけ出されたその造作は。
尖った耳、意思的な銀の瞳、あまりに整った形の少しだけ薄めの唇。
そのどれもが、彼女が知っている愛しい竜の姿に似ていて、そしてそのどれもがあまりにも異なっていた。
「もう一度、その名前を聞かせろ。今、お前はなんと言った?」
その低い声は似ていたけれど、まったく違う。
だって、彼の声はこんな風に尖っていない。穏やかで、そして、優しい響きを伴うの。わたしは知っているんだから。
たとえ厳しく追及する言葉でも、こんな風に人を傷つけるような、無意味な傲慢さはないもの。
リディアは大きな声で叫んだ。
「あなたは、彼の、なんなの!?」
「リディア!危ないわ!こっちに来なさい!」
シルフの声を背後にうけながら、リディアはその男を睨みつけたまま動かなかった。
こんなに似ていて、こんなに違う。
だけど、絶対この男は彼とかかわりがあるに違いない。そうでないはずがない。
「彼、だと?」
その形の良い唇が、苦々しく歪む。
そうだ、彼はこんな笑い方はしない。
ほとんど笑うことがない彼は、時折ふと小さな笑みを漏らす。
まるで、蕾の先がわずかにほころんできた小さな花のようだとリディアは感じていた。
けれどきっと、彼にそれを伝えれば、よくわからぬ、と言われるだけだと思う。だから、彼女はそれを伝えない。
こんな笑い方はしない。彼に似ているけれど、絶対に彼ではない。
それでは、どうしてこの人は彼に似ているの?
「聡い娘だな。ふん、彼、とは誰のことだ?言ってみろ」
「・・・きゃ!」
その男は数歩リディアに近づくと、大きな手を伸ばしてリディアの左手首を掴んだ。
「離して!」
「あいつを、「彼」と呼ぶのか、お前は。ははは、これは、おもしろい」
「離してっ!」
リディアは同じ言葉を繰り返した。
男の指先には鋭利な爪が長く伸びている。それは人間のものとは違うように見えた。
そうだ。
彼はわたしを傷つけないように、と人の姿をするときには爪を収めてくれている。
でも、この人は違う。
人の姿になりながらも、何かを傷つけるためのそれをまるで見せつけるように。
そのままぎりぎりと男はリディアの腕をねじるように強くひっぱった。
慣れない直接的な痛みにリディアは声をあげる。
「痛っ!」
そのとき、聞き慣れた声が響いた。
「お前は何者ぞ!リディアを離すがいい!」
男に抵抗することに夢中でリディアはまったく気がついていなかったが、ふと力を抜いて辺りを見渡すと幻獣達が集まってきていた。
リディアの来訪をフリージア達が勘付いて迎えに来るように、この幻獣達の領域に異質なものが入り込んだことをみな感知してやってきたのに違いない。
あまり広くない洞窟だったが、幻界側から集まってきた幻獣達は所狭しとひしめきあっている。
「リヴァイアサン!」
幻獣達の間から一歩前に歩み出て叫んだのは、老人の姿をした水竜、リヴァイアサンだった。
「・・・幻獣神様・・・!?いいえ、違う・・・」
そうためらいがちに声を出したのはアスラだ。
「その娘を放せ。離さなければ」
「どうだというのだ?」
「我らがお前を許さぬぞ!何ゆえ、我らの神の姿を騙り、この場に来た!」
そのリヴァイアサンの言葉を聞いて、男はリディアを捕まえたままで高らかに笑った。
「あっはっはっは、おもしろいことを言う!神の姿を騙り、だと?これは俺の姿形だ。嘘偽りもなくな!」
「あ、なたは、一体「何」なの?」
リディアは両腕を背中側に回して、男の強い力で捕われている。
「幻獣じゃ、ない、よね?」
「俺をそこいらの愚かな生き物と一緒にするな。俺が、あいつが創造した物のわけがなかろうが!」
「きゃあ!」
男はリディアの言葉が勘に触ったのか、掴んだリディアの両腕をぐいと上に持ち上げた。
リディアはその力に逆らえず、爪先立ちになるように体を動かすことが精一杯だ。
「リディア!女の子に、なんということを!」
美しい人間の女性の姿で、アスラが叫ぶ。
「女の子、か。ははは、普通の人間ではないだろうに。なあ?娘、お前こそ、やつの「何」なんだ?」
嫌な薄ら笑いを浮かべて、無理な体勢で困っているリディアの顔を覗き込む。
そのあまりにも不躾な態度にリヴァイアサンはしびれを切らしたように更に一歩前に出た。
アスラがそれを見て
「あなた。いけません、ここで力を発動しては。場所が悪い」
「む・・・う」
丁度その場はあまり天井が高くない場所であったし、幻獣達が何事かと密集をしている。
そんなところでリヴァイアサンが彼の本来の姿になって挑めば、この洞窟も耐え切れずにいくらかの影響が出るということをアスラは言っているのだ。
「どうやら、バハムートはいない様子だな?それはそれでおもしろい」
ぐるりと辺りを見渡して、ついに男は幻獣神の名、彼が「やつ」と呼ぶその者の名を高らかに叫ぶ。
「どうして、あなた、バハムートのこと、知っているの!?一体、あなたは、何?なんでバハムートと似ているの!?」
「やつが生み出したお前達を、やつの不在の間に消すのも一興か」
明らかな悪意。
それを感じ取ってリヴァイアサンをはじめとした幻獣達はどよめく。
しかし、リディアを盾に取られていては、何をすることも出来ない。
「わしが行こう」
そう言って幻獣達の間から出てきたのは、小柄な老人の姿に身をやつしたラムウだった。
ほとんど幻界にいないはずの彼がこの時この場にいたのは奇跡に近い。
「わしならば、この体のままで力を発揮することが出来るからの」
「しかし!」
ラムウとリヴァイアサンのやりとりを聞いて、男はリディアを掴む手に力をいれて笑った。
伸びた爪がリディアの白い腕にわずかに食い込んで痕をつける。
「痛い!やだ!」
「ははは!抗おうというのか!やつに作られたお前達が、この俺に敵うと思っているのか!無駄なことだ!」
ますます男の笑みは凶悪なものと変化して、既に悪意を隠そうともせず感情のまま言葉を、表情を、外に出している。
リディアは首を横に振った。
「あなたは、似てるけど、似てない!バハムートとは全然違う!どうして、そんな風に嫌な感じなの!?」
その言葉足らずな訴えは、たいそうその男にとっておもしろおかしかったようで、男はぐい、とリディアの髪を掴んでその頭をひっぱった。
「きゃあ!」
「嫌な感じ、か。ふん、ご挨拶だな?」
「リディア!」
幻獣達が声をあげる。ラムウはリヴァイアサンとアスラの制止に耳を貸さずに前に出た。
「やつが作り出した幻獣とかいう生き物が、俺に敵うわけがない。しかしまあ、その力量とやらを見てやらんこともないがな」
「リディアを離してもらおう。正々堂々勝負する気があるならばな」
「駄目、駄目だよ、ラムウ!この人は、なんか、嫌な気がするよ!」
リディアは叫んだ。
「正々堂々だと?別段この娘を盾に取ろうと思っているわけではないがな。しかし、お前達にとってこの娘は特別らしいな?それは、やつにとっても特別ということか?俺にはそちらの方が興味深い話だが」
くっ、と喉を鳴らして男は嘲るように笑う。
と、そのとき。
「騒がしい」
ラムウと、リディアを捕らえているその男の間の空間が歪んだ。
ゆらり、と何もない場所に縦の黒い線が現れた、と思った瞬間、それは人の形にすぐさま変化して、最初にぼんやりとしていた輪郭は、見る見るうちにくっきりとその存在を現す。
「・・・幻獣神様!」
「バハムート!」
そこに突如やってきたのは。
リディアを捕らえている男が身に纏っているものと似た、黒いフードつきのローブに身を包んでいる男。
褐色の肌に尖った耳、金色の瞳に、わずかに落ちてきている銀髪が影を落とす。
人の姿に形どっている、幻獣神バハムートだった。
一瞬、時が止まった。
バハムートはフードを静かに後ろに落とすと、男に視線を送った。男も真正面からそれを受ける。
絡み合う視線。どちらも瞬きをせずに、そらすこともせずに。
「ふふ、驚いたか?」
初めに時を動かしたのは男の方だった。
「俺は、とうの昔に封印から解き放たれていたのだ。長かったぞ。長くて退屈で、力を蓄えるには充分な時間だったぞ!」
幻獣達は突然の幻獣神の登場に、息を潜めて事の成り行きを見守っている。
彼らの注目の中、バハムートは軽く手を横に動かした。
それだけで、「さがれ」と言われていることを察して、ラムウはそのまま後退する。
「リディアを、離せ」
まったく男の口上に付き合う気はない、とばかりにバハムートは言い放った。
「この娘は、一体何だ?」
おもしろそうに男は言った。
バハムートはそれには答えず、もう一度
「リディアを離せ」
「ここでこの娘を盾に闘うのも悪くはないが」
今度は男がバハムートの言葉を無視する。
「芸が無い。色々と楽しめそうだ。今日は挨拶とでも思ってもらおうか」
「リディアを、離せ」
まったくの無表情で紡ぎだされているそのバハムートの言葉には、殺気が含まれていた。彼の全身から放たれているその感情を伝える気を感じて、幻獣達はわずかにどよめいた。彼らの生命の源を作り出す幻獣神が、怒っている。それだけで幻獣達は恐れおののき、改めてこの不躾な侵略者が行っていることの大事さに身震いするのだ。
「ふん」
男は、あっけなくリディアから手を離し、どん、とその背を押した。
「きゃあ!」
リディアは突然突き放されて、ぐらりと体をよろめかした。とっとっと、と数歩前に進んでバランスをとろうとした先に、バハムートが立っていた。
「大丈夫か」
「あ!」
勢いに任せてバハムートの元に倒れこむリディア。
人型になっているバハムートは無表情のまま、両腕でリディアを抱きとめる。
「あ、ありがと、バハムート」
それへの返事は無い。
幻獣達が、侵略者が見守る中で、バハムートはリディアを抱きとめた手を緩めずに、何も言わないままその存在の無事を確かめるように動きを止めている。
「あー・・・あのー・・・?バハムート?」
やがてバハムートは、リディアの手の甲についた傷と腕の爪痕を確認したらしく
「それは、どうしたのだ」
「えーっと・・・あの人が」
リディアはバハムートの腕の中で、男の方を見ながら言った。が、馬鹿正直に答えてしまってから、「しまった」と気付く。
また、リヴァイアサンもアスラもそのやりとりを聞いて「うわ!言っちゃった!」と苦々しい表情を見せていた。
「そうか」
バハムートはわずかに目を細めて、顔をあげた。
その全身からは、先ほどよりも更に強い殺気が溢れ出ている。
皆はその様子に目を奪われていて、侵略者が、自分の方を向いたリディアの顔をまじまじと眺めていることにあまり気付いていなかった。
「・・・あの娘・・・」
押し殺した呟きは、バハムートの声にかき消される。
「ヴィズルよ、何が目的だ」
ヴィズル。
それが、この男の名か。
一同に緊張が走る中、男は答えた。
「愚問だな。お前への、復讐に決まっているだろうが。忘れたとは言わせないぞ」
復讐。
その言葉の響きを恐れて、バハムートの腕の中でリディアは体を強張らせた。



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モドル

ようやく話が動きだしました。永遠に続きそうな連載ですが(汗)少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 

 

 





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