序章


深い、という言葉だけでは片付けられない孤独と闇の底。
彼には孤独への恐怖はない。
今までの彼の生の歴史を思えば、どんな生命体が近くにいようと彼はやはり彼で、その存在が揺らぐことはなかったし、「同じ」と彼が認識する生命体なぞついぞ見たことがない。
遠い太古の昔に勃発した戦で彼にくみした竜が何百何千といても彼は常にひとり、いや、ひとつ。たったひとつだった。
他の何とも交わらない異物。
そうでありながらも他者に虐げられることがないほどの巨大な力を持ち、彼は何千という竜の上に君臨していた。
本当はそれは意味がないことだ。
彼は自分に従う竜達を愛してはいなかったし、大切だとも、仲間だとも、もしかすると部下とすら思っていなかった。
生命と生命の関係として認識していなかったのだということすら、彼にとってはどうでもいいことだった。
彼が竜という生を受けたときに、共に「同じ」命として現れた唯一の「同じ」もの。
「同じ」であるが故に憎み、いつしか「同じ」はずだった均衡が崩れる瞬間が来ることを恐れていた、その対象。
彼は、ただ、それを超えたかっただけだった。
そのための手段に何千という竜の亡骸を作ったとしても、彼は「バハムート」の称号を、手にいれたかったのだ。
更に自分が「この世界にひとり」であることを現す、神の名を。
しかしそれは叶うことなく、永劫に近い時をこの深い空間で生きる罪人と成り果てていた。
あの日までは。

「何かよくない気がするよ・・・」
「どうした、リディア」
「わかんないけど、なんか、嫌な感じがする」
リディアは彼に声をかけてきた優しい瞳を向けるセシルを見上げた。
「セシル、なんか、ここ、変な感じがしない?」
「いや、僕はわからないけど・・・」
ちょっと首を傾げながらセシルは辺りを見回した。
静けさに包まれた月の地下渓谷は、それまで彼らが歩いてきた道のりと変わらず、どこも違いがない様子に思える。
「気のせいかなあ」
リディアも一緒にぐるりと辺りを見回した。と、そのとき笑いながらリディアの頭をぽんぽんと叩く手があった。エッジだ。
「おめーの予感とかはあたらねえんだよ」
「エッジひっどーい!」
そんなやりとりをしていたとき、遠くからローザの声が聞こえる。
「ねえ!何かあそこにあるの。そこからも見える?」
「うん?」
声のする方向へ彼らは歩いていく。すると、カインが遠めに見える木箱らしきものを指差していた。
「あそこだ。こんな深い場所にあるなぞ、一体何だろう」
「ただの汚ねえ箱じゃねえの?どれ、ちょっくら俺が調べてみっか」
「ああ、頼むよ。気をつけて」

深い、という言葉だけでは片付けられない孤独と闇の底。
そこで密やかに封印をされていた彼は、久しぶりに侵入者の気配を察知した。
償いなんて言葉は彼の本意ではない。
何者かが、あの、薄汚れた箱に手をかけて開こうとしている。
番人なんてまっぴらごめんだった。
それでも彼は死ぬことすら出来ず生かされ、封印が解かれることを待っていた。
未だ誰も彼を打ち倒し、あの剣を手にする者はいなかった。それは誰も彼の封印を破ることが出来なかったという意味だ。
(まあ、いい。青き星の様子を見るのにも飽きて、退屈していたところだ)
体が深い深い闇の底から現実の空間にひっぱられる感触。
それは数百年に一度という頻度ではあったが、既に彼は慣れてしまっていた。
吸い込まれる、吸い出される、あまり歓迎したくないその感覚はほんの一瞬だ。
(久しぶりに生き物が死ぬ様を見るのも悪くない)
彼は長い眠りから覚め、大きな翼を広げた!

「やっべええーー!!なんだ、これは!」
箱に手をかけた瞬間、辺りの異様な気配に気付いてエッジは飛びのいた。
「エッジ、戻れ!何かが・・・」
そのとき、彼らの目の前に突然大きな黒い影が現れた。
セシルは剣を抜いて構え、リディアとローザを後ろに下がらせる。カインは槍を握り返し、いつでも地を蹴って攻撃に転じられるように態勢を整えた。そこへエッジが戻ってくる。その瞬間。
「!」
大きな咆哮。
壁に反響して返って来るのは力強い、人の声では真似が出来ない独特な鳴き声。
彼らの目の前に現れたそれは大きな美しい竜だった。大きさは天井近くまであり、どう差し引いても「でかくて強そう」というのが彼らが感じた単純な印象だ。その竜は銀色の瞳で彼らを舐めつけるように見据え、翼を数回羽ばたかせる。それだけで生身の人間である彼らは風圧で飛ばされそうだ。
「竜ならば」
カインはセシルのその声を聞く前に攻撃態勢に入った。
突然現れたその美しい竜の姿をみつめてリディアは立ち尽くし、ぼんやりと呟いた。
「バハムート・・・?」
それへエッジが
「バカ、全然色違うだろ!竜はみんな同じに見えてるんじゃねえのか?」
と意地悪く言う。リディアはむきになって叫んだ。
「そうじゃないよっ!バハムートにそっくりじゃない!」
「そう言われれば・・・」
ローザもリディアの言葉に同意する。が、次の瞬間その竜がセシルにむかって恐ろしいスピードの攻撃を繰り出した。ぐだぐだいってたらこっちがやられちまう、とエッジとセシルは走り出した。
「・・・でも、違う。この竜は、幻獣じゃない・・・」
そのリディアの呟きは、誰の耳にも届かなかった。

静かな洞窟の最深部で、幻獣神バハムートは瞳を開けた。
彼はここ数百年間、ほとんどを人間の形をとった体で過ごしている。
本来の竜の姿になっていてもいいのだが、彼がその姿をしているときは溢れる力を抑えきれず、この洞窟で生きている魔獣達はそれだけで怯えてしまう。彼はとりたててそれらの魔獣を慈しんでいるわけでもなんでもなかったけれど、生命体がその生命体らしく生きる環境を壊すことを好まなかった。遠い遠い昔は魔獣達なぞこの洞窟に存在しなかったからそんな心配は必要なかったのだが(まあ、その話はまた別の話だが)今は共存をしている。それに、普段を竜の姿で過ごしていないからこそ、召喚士に呼ばれて本来の姿、本来の力を発することがより喜ばしく思えるということをこの幻獣神は知っていた。彼が知っている唯一の楽しみであったに違いない。
「バハムート様」
両隣に常に控えている二人の付き人−実際それは彼の両翼だったのだけれど−はそれに反応してわずかに不安気にバハムートに声をかけた。付き人である彼らから口を開くことなど普段はほとんどありえない。
「あの剣が」
それへは軽く手をあげてバハムートは制した。
言わなくてもいい。そういう意味だ。
「次にあの人間達がここに訪れるとき」
「はい」
「あの聖騎士は、ラグナロクを手にしていることだろう」
「半分、月の民の血をひく、あの人間ですね」
「そうだ」
封印が、解かれた。
リディアは、何故自分を召喚しなかったのだろうか、と思うとバハムートは小さく微笑を浮かべる。
その様子を両脇の二人は驚いたように見て、それから
「あの召喚士のことを」
「思い出していらっしゃる」
「・・・そうだな」
聡い少女だ。
バハムートは瞳を閉じた。
「何かよくない気がする。たった、それだけのことだろう。どうやら私の力ではなくリヴァイアサンを頼った様子だな」
「しかしあの黒き波動に包まれた罪人は」
「バハムート様と同じほどの」
「同じではない。お前達もわかっているくせに」
そう静かに彼がいうと、二人は黙った。それからバハムートはわずかに眉根を寄せて
「愛しい娘に傷がついていなければよいのだが」
彼が愛してやまない、緑の髪の召喚士に思いを馳せるのだった。


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モドル

お前はこのサイトではプロローグしか書かないのか!と(笑)言われそうですが、こちら月1連載にさせていただく予定です。もちろん今回は序章なんでボリューム少ないですが、次回からはこの倍の分量にはなりますんでヨロシクお願いいたします〜vv

 




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