弔いの花

 

ずっとずっと、幻獣達と一緒に。
それを願った彼女に、永遠に近い命を与えたのは幻獣神だった。
そして、幻獣滅ぶとき、幻獣神の存在が滅ぶとき、そのときは共に果てようと、生涯の誓いを交わした。
幻獣達は、ある意味とてもあどけない生き物だ。
彼女が共に生きることを選んだことで、みな喜びを表している。
幻獣王も、その妻も。
ありとあらゆる幻獣達は、ついに自分達を召喚する力を身につけた、稀有な能力を持つあの召喚士を愛して、そして共に幻界で生きることを喜んでいた。
けれども。
わたしは、みなのように喜ぶことはできなかった。
何故ならば、わたしは他の幻獣達と違って。
人間の苦しみや悲しみを、感じることが出来る生き物だから。

「わたしはしばしの間幻界を訪れないことにした」
「何故ですか」
「みな、リディアがここにいてくれることを喜ばしく思っている」
「はい」
「けれど、わたしはここに留まるわけにはいかない」
「何故ですか」
「わたしという生命体は、大きくなりすぎた」
意味がわからないわたしに、幻獣神はゆっくりと語りかける。
「長い時が流れた。わたしという生命体の性質も幾分か変化したようだ。今、住まいとしている場所であれば、わたし以外の生命体が少なくて案配が良いのだが」
「は・・・」
「ここや、人間界のように・・・生命体が密集しているところに長くいては、他の生命体も取り込んでしまう」
「取り込んで・・・?」
「それほどまでに、わたしは大きい存在なのだ。お前たちが神として崇めたてるほどはあるようだな」
と、苦笑を見せる。
幻獣神は「わからないだろうから、まあ、よい」と呟いてから表情を再び引き締めた。
「それに、わたしがいることで幻獣王を初めとしてみな気をつかってしまうからな」
幻獣神は神々しい黄金の瞳でわたしを見た。
幻獣王を通さずにわたしをお呼びになって、そして直接言葉を交わしてくださる。
初めにわたしはそのことに感動し、顔をあげることも叶わなかった。それをこの方は軽く笑い飛ばし
「お前のもつ騎士の道理は、人間のものだ。けれど、お前は幻獣で、わたしは幻獣の産みの親だ。親の前で顔をあげることが出来ない子供なぞ、おかしいと思わないか?人間というものはそういうものなのか?」
と、わたしに頭を上げろと婉曲におっしゃった。
「しばらくの間、リディアを幻獣王に預ける。が、いくら幻界で育ったとはいえ、一度人間界に戻ってしまった娘だ。幻獣達との隔たりも感じる年頃になろう」
わたしはその言葉に驚き、瞬きを忘れて幻獣神を見つめた。
この方がおっしゃることは、多分間違ってはいない。
けれど、幻獣により近い存在であるこの方が、そういった人間の特性などを理解していることは多少わたしには意外に思えたのだ。
すると、幻獣神はわたしの視線に気付いたのか、おもしろくもなさそうに
「わたしは幻獣の産みの親でもあるが、そうではない生き物であった時期もある。オーディンよ、お前のように」
「・・・はっ・・・」
「そして、リディアのように」
「・・・」
「自らが生まれた時から死ぬまで幻獣であるあの者達は、お前の苦しみやリディアの今後の葛藤を知ることはないだろうな」
幻獣神はそうおっしゃられた。
それは、この方もそうだった、という意味にわたしには聞こえる。
「お前のように、人間に近い者が、あの少女の助けになることだろう・・・わたしが不在の間、リディアを頼んだ」
「はい・・・わたしに出来ることであれば」
「お前にしか、出来ないことだ」
金の瞳で射すくめられて、わたしは目をそらすことが出来なかった。
わたしは、どこかで人間であった自分を覚えている。このお方はそれをご存知でいらっしゃるのだろう。
わたしの体は幻獣の「それ」ではあるけれど、もともとは人間として、それも誇り高き騎士として生きた者の魂が、死してこの体に吸収される。わたしの何かを構成している一部は、常にどこかに人としての記憶・意識を残している。
幻獣オーディンとして生まれ変わることを許される、選ばれた魂に巡り合えるのは数十年から数百年に一度ほどだ。
幾つもの魂によって作り上げられるわたしという存在は、新しい魂が融合する度に、その魂がもつ記憶や知識を色濃く受け継ぐ。今、わたしがオーディンとしてではなく、最も強く人として生きた「自分」として認識している意識は、元バロン国王である「自分」だ。
それが、あの少女に対して何かの役に立つのだろうか。

本当はあのお方は、月にリディアを連れて行き、そこで共に生きたいのだろう。
他の幻獣達はどう思っているかはわからないが、わたしはそれを感じ取った。
幻獣神は、また来る、とリディアに言い残して月に戻った。
彼女は無邪気に「バハムートも幻界に来ればいいのに」と言って拗ねてみせる。
この2人(2人、と言って良いのかはわからないが)は一種の深い愛情で結ばれているのだ、とわたしは思う。
幻獣達は幻獣達の道理で「幻獣神が召喚士を好きなのは当然で、認められた召喚士が幻獣を愛しているのも当然だ」と考えているだけだ。そもそも、愛情というものが媒体になって信頼となってわたし達は召喚されるし、彼女はわたし達を呼ぶ。
永遠の誓いを交わすほどの愛情をお互いに認めて、初めて召喚士と幻獣はお互いの力になれるものだ。
リディアがここにいる。ただそれだけのことで、誰一人その愛情を疑わず、当然のものだと信じている。
けれど、わたしはそうとは思えない。
確かにみなが言うようにあの少女とわたし達幻獣の間にある絆を疑う必要はないだろう。
しかし、人間というものはさまざまな形の愛情を持つ生き物だ。
それを幻獣達は、そしてあの少女はわかっているのだろうか?

リディアが幻界に再び住むようになり、そしてわたしもまた幻界に留まることになっていくばくかの時が流れた。
時折幻獣神はリディアのもとに来て、しばし共に過ごし、また時折幻獣神はリディアを月に連れて行き、まるで離れた場所に住む孫を愛でる祖父母のように、どことなく距離を置いて彼女と接していた。
深い深い愛情。
けれども、幻獣神は神であるから、ひとつの生き物に偏愛を見せることは喜ばしくない。
その悲しい矛盾があるが故に2人はお互いを大切に、その距離すらも愛しく思うしかなかったのだろう。
誰が見てもあの方はリディアを愛していたし、リディアもまた、他にない愛情であの方を思っている。
そんな愛の形をわたしは知らないし、幻獣達も多分わからないに違いない。
とても純粋で純粋で、けれども。
人間であればそれだけでは、どこかしら満たされない愛情なのではないか、とあの日、わたしは気付いたのだ。

幼い頃には禁じられていた場所にいけるようになったリディアは、幻界のあちらこちらを探索する日々を送っていた。
幻界は実際はとてつもなく広い。それでは子供であるリディアや、迷いこんだ人間達が困るということで、通常はとても狭い領域をあたかも幻界すべてとみせかけるように幻獣王が心配りをしている。
大人になり、今後ずっと幻界にいることになったリディアにすべての幻界を解放することになった。それを彼女は喜んであちらこちらを見て回っている。
幻界はとても広い。
イフリートやシヴァという、その性質からして自分達に心地よい環境が限られる幻獣達は、彼らの世界を持っている。
イフリートは気温が高い、彼だけの住まいをもち、シヴァは気温が低い、彼女だけの住まいを持ち。
が、それすら本来は幻界の一部であり、便宜上「幻界」と呼んだときにはそれは幻獣王達が住まっている「誰にでも解放される」地区を指す、というだけだ。
「気持ちいいー」
ただただ広がる草原でリディアはごろん、と横に寝転がった。
それは一体どこまで続くのかわからない。そしてわたしもその先を見たことはない。
時々チョコボが喜んで走っているけれど、多分チョコボですらこの先を見たことがないと思われる草原が幻界の一部に広がっている。
この自然は人間界の自然とは異なる。天候の変化がないこの世界では、時折幻獣王が気まぐれで雨を降らせたり風を巻き起こしたりはするけれど基本的に空(と見えるもの)はいつも快晴で、「青空」という蓋で締められているように思える。
いつもはチョコボやボムといった、リディアが幼い頃から一緒にいた幻獣達が共に来るけれど今日は違う。
リディアはこの草原の遠くへ遠くへといってみたい、と滅多に言わないわがままを幻獣王に言ったのだ。
幻界を司る王をはいえ、幻獣王にもわからないことは多々あるらしく、この草原の先に何があるのか確認をしたことはないという。この世界を作った幻獣神だけが知っているのだ、と。
危険がないことはわかっているが、と言いながらわたしを呼びつけ、リディアを連れて行ってくれ、と頼んできた。
「ここはいつも天気で、気持ちいいね。わたしが過ごしやすい温度なんだもん」
「ええ、そうでしょう」
「オーディンは横にならないの?」
「・・・」
スレイプニルから降りて立っているわたしに向かってリディアは寝転びながら笑顔で聞いてきた。
「横に?」
「うん。だって気持ちいいもん」
「甲冑があるので・・・」
「脱げばいいじゃない!」
「それでは、何かあったときに」
「幻界で、何かって、あるの?」
あどけない表情で彼女は少し目を見開いた。
「オーディンはいつも冑を被っているのね。いつ脱ぐの?わたしが召喚したときに、脱いでた、っていうときってないよね?」
「幻獣は」
わたしは冑の下で苦笑をしながらリディアに説明をした。
「わたし達幻獣は普通に睡眠をとります。けれど、その時は自分達の領域で、何者にも侵害されない空間で眠っているのですよ。そのときはわたしでも甲冑を取り除いた状態ですし、普通に生活をしています。召喚されるときは直接幻獣が行くのではなく、幻獣の道を通ってその力を持った幻獣の移し身が行くだけ」
「じゃあ、ニセモノが来るってこと!?」
「偽者ではありませんよ。もちろん、行ける状態であれば必ず本体が行きますが。わたし達も生きていますから、どうにもならないときがある。そのときは一時的に移し身が力を発揮出来るのですよ」
「うーん、よくわからないけど・・・とりあえず、そのときは鎧とか脱いでるんだね。じゃあ脱げばいいのに」
「・・・」
そう言ってリディアはごろり、と横に転がった。ごろごろ、と一回転して髪に草をたくさんつけて、それから上半身を起こす。
「ね、せめて冑だけでも脱いだら?だってほら、こんなに風が気持ちがいいもの」
リディアが出かけるから、という配慮なのか、幻獣王は今日はこの場所にわずかな風を起こしてくれている様子だ。
彼女は目を細めて口元にうっすら笑みを浮かべて風をうける。さらさらと緑の美しい髪がなびいている。
「・・・無理にとは言わないけど。でもわたし、オーディンの顔、見たことないから」
「見せるほどのものではありませんから」
「んもー・・・だって、目を見て話したいんだもん・・・その冑だと、わたしからじゃなかなか目を合わせられないんだからあー」
彼女はそう言って拗ねてみせた。
きっと彼女からすればわたしも、チョコボも、ボムもあまり大差ない「仲間」なのだろう、と思う。
だからどんな幻獣相手でもいつも素直で、こうして感情の起伏を表してくれるのに違いない。
「・・・見ると、リディア様を驚かせてしまいますから」
「え?」
「わたしは、醜いので」
「綺麗とか、綺麗じゃない、とかで、何が違うの?そりゃあ、もしかしたらびっくりするかもしれないけど・・・それでもわたし、この先ずーっと一緒にいるオーディンの顔を知らないのって、そっちのが、失礼だと思うんだもん」
「後悔なさいますよ」
わたしは軽く、彼女には聞こえない程度の溜息をついた。
それから冑に手をかける。
幻獣という生き物は、傷を負っても再生をする。その痕が残ることはほとんどない。
けれど、わたしの顔には。
消えることがない、どうにもならない深い深い傷が刻まれている。
わたしは右目の上から縦に頬の途中まで醜い傷跡を持つ。
これは、わたしの罪。
遠い昔、オーディンとして初めて転生をした騎士の魂が、死なない自分の体を手にいれたことによって、人間の欲望を感じられる状態で不完全な転生をしたために生まれた奢りを、幻獣神から裁かれた消えない罪。
それゆえにわたしは、あの方を他の幻獣以上に敬い、人間のように忠誠を尽くそうと誓っているし、幻獣という生の中でそれを見失うことは今後ないだろう。
冑を小脇に抱えてリディアを見つめる。
案の定彼女は「あ」と小さく声を発して立ち上がった。
「痛くないの?」
「ええ・・・。とても昔の傷ですから」
「そうなの・・・。触ってもいい?あの、その・・・嫌じゃなければ・・・気分を害したら、ごめんなさい」
「いえ、別に。ただ、触ってもいいものだとは思えませんが」
少しわたしが前かがみになると、リディアはそっと手を伸ばした。
そして、わたしの傷にそっと触れる。
わずかに背伸びした足先がわたしの左眼だけの視界にはいってくる。
「いかがですか」
「オーディンは、とても人間に近いのね。だって、幻獣達は傷なんて治るでしょ?」
「この傷は特別なのです・・・醜いでしょう?驚かせてしまって申し訳ございません」
「ううん。そんなことない。それに」
そっとわたしから離れてリディアはわたしの傷を見つめる。
「その傷の下に、左眼と同じ綺麗な目があったのね。それを見られないのは残念だけど、傷があるっていうのは・・・なんか・・・その・・・なんていうのかなあ・・・。「昔」がある生き物なんだなあって・・・そう思えて・・・。オーディンはその傷、嫌い?」
不思議なその問いにわたしは即答した。
「いいえ。嫌いではありません。むしろ・・・」
好き、と続けようとしてわたしは黙った。
この傷を、過去を、好き、と断言するのはとても人間的に思える。それは幻獣である自分としては少しばかり恥ずかしいと思えるようなことだった。
が、リディアはぱあっと明るい表情を見せて
「よかった!わたしは、オーディンのその傷、好き。きっと、悲しいことがあったんだろうけど、今はオーディンの体の一部だもんね。ちゃんとオーディンがその傷好きでいてくれなかったら・・・悲しいもの」
「・・・」
黙っているわたしを見て、リディアは突如不安げに聞いてきた。
「あっ、ごめんなさい。余計な、勝手なこといっちゃった・・・気、悪くした・・・?」
「いいえ。特には」
「よかった」
心底ほっとしたようにリディアは首を小さくかしげてわたしを見上げた。
「・・・行きましょう。この先を見たいのでしょう?」
「あ、うん」
「スレイプニル、行くぞ」
わたしは冑を被りなおし、そしてリディアをスレイプニルに乗せた。
彼女と共に、幻界の草原を駆けて。
駆けて、駆けて、駆けて、遠くへ。幻獣王も知らない、幻獣神の領域へ。
それが許されたこの特別な少女と共に、ただひたすら駆けてゆく。

オーディンがその傷好きでいてくれなかったら・・・悲しいもの。

ああ、そのとき。
わたしは多分、恋に落ちたのだろう。
この感情が「それ」と呼んでよいのであれば。
いつの日か、わたしは幻獣神に、残された右目を奪われることになるのかもしれない。
わたし達は2人で、ただひたすらに草原を駆けていった。
結局その日は草原は先が見えずに、時折咲く花々の種類が変わってわたし達の目を楽しませてくれはしたけれど、リディアが見たいと思っていた「あの草原の先」にはたどり着かなかった。
幻獣王達のもとに帰ってきてスレイプニルから降りた彼女はわたしに言った。
「楽しかった。また、連れて行ってね」
「は・・・そうお望みであれば」
「オーディンからも誘って頂戴!たまには遊ぼうよ」
「・・・はあ」
困惑した声音に気付いて、彼女はちょっとだけ肩をすくめて見せる。
「わたし、子供で、ごめんなさい。一緒にいても、楽しくない?わたしは楽しかったけど」
「あ、いや、そのようなことは・・・」
慌ててわたしはリディアの誤解を解こうとした。
声が、わずかに上ずる。
「わたしも、楽しかったです。けれど、あなたが行きたいと思う場所まで行くことは出来ませんでした。申し訳ありません」
「ううん!わたし、思うんだけどね、あれは・・・」
彼女は「うーん」と少し考える仕草を見せてから、笑顔で続けた。
「見ないほうが、いいのかもしれないなあって。だって、ちょっとくらいは夢見ていたほうが楽しいじゃない?だから、あそこはまだ、どんなところなのかなーって、またわくわく考えることにする!」
「わかりました。今度は幻獣神様にお願いをして、もう少しだけ先に進めるようにしていただきますね」
「うん。ありがとう、オーディン。また行こうね!」
彼女は、人間の子供達がよくやるように手を軽くわたしに振って、普段生活をしている家屋に入っていった。
それだけを見ると、彼女がもう人間ではないということが、とても。
とても不思議で、そしてそう思うとなんだかわたしは悲しい気分にすらなってしまうのだった。

時々リディアは人間界の様子を見に行く。
彼女が幻獣神の寵愛を受けて幻界の住人になったことを、人間として彼女が生きていた頃の仲間達は知っていた。
時間の流れが違う二つの世界を、年をとらなくなった彼女がどのように感じていたのかはわからない。
人間でなくなったことによって、長い時間幻界にいてから人間界にいっても、自分だけが年老いるという状態を回避出来るようになった彼女は、逆のことを身をもって知ることになった。
当然のように、彼女が愛していた人間達は、人間界の時間に逆らうこともなく年老いて寿命を迎える。
わかっていたことだった。けれど。
「じゃ、いってきまーす!」
いつものように明るくそう言って彼女が人間界に行ったその日、幻獣王とその妻アスラ様はわたしを呼びつけた。
彼女の後をついていって欲しい、と。
自分達では力になれないから、と。
それが何のことなのかはさっぱりわたしにはわからなかった。
ただわかることは。
その日は、彼女にとって特別な日になるのだろう、ということだった。

しとしとと降り続く雨にうたれて、木々は色を変えていた。
うすぼんやりとした空の色が気持ちを重くさせる。
とても立派で大きな石碑があった。
その前でリディアは綺麗に整備された芝生の上に立ち尽くしている。
わたしは彼女を追って来たけれど、彼女の前には姿をまだ見せず、ただそっと様子を伺うだけだ。
幻獣の道を使えばいつでも彼女がいるところに現れることが出来るけれど、幻獣王に頼まれたことはそういうことではない。
後をついていって欲しい。
それは、彼女を守って欲しい、ということと微妙にニュアンスが違うように思える。
その場所で甲冑を身に着けていることも、スレイプニルに乗っている事も不自然極まりなかったから、わたしはまるきりの人の形で、何の変哲もない恰好で、ただの人間と変わらぬ状態で彼女を見守っていた。
「そーだよね・・・人だもん。人って、こうなるんだよね」
彼女はぼそりとつぶやいた。
雨に濡れたままの緑の髪は顔にはりついていて、いつも見える髪形とはまるきり違う形に彼女の頭部を変形させていた。
雨を凌ぐための雨具を何一つも彼女は持っていなかったし、そんなものに興味はないのだろう。だって、もう彼女は幻獣神からの寵愛をうけ、人ならぬ人になってしまったのだから、この程度の雨でどうなるわけでもないのだし。
「わたしが幻界にいると、自分が感じるより人間界って、ゆっくり時間が流れているじゃない?だから、ずーっとずーっと・・・ずーっと、みんなも一緒にいるような気がしてたんだあ・・・」
たくさんの花に彩られた石碑は、雨によってよりいっそう暗い色に沈んで見える。
わたしはその石碑に見覚えがあった。
いや。
過去の人間だったわたしの体の一部はその石碑と同じような、別の石碑の下に眠っている。
同じ形。
同じ場所で。
「ああ、困ったなあ・・・わたしったら」
リディアはふいに気付いたようにきょろきょろと辺りを見渡した。芝生から離れて土の道に出て少しばかり歩いていった。
「お花。お花がないと」
転々と並んでいる石碑のどれにも花が添えられているのを見て、彼女は自分の迂闊さに気付いたのだろう。
「どうしよう、わたし、こういうの・・・よく知らないし・・・きゃ!」
雨のせいか、足元を滑らせ、彼女はどしん、と泥の上に尻餅をついてしまう。ばしゃん、と水溜りの泥が彼女の体に跳ね返って茶色い薄汚い土色に衣類を染めた。仕方なくわたしは彼女の側に駆け寄って手を差し出した。
「リディア様」
「やーん!やっちゃったあ・・・オーディン・・・?」
「・・・立てますか」
「う、うん、立てる。いやあだあ・・・べちゃべちゃー。でも、いっか、雨に濡れてどうせ洗い流してもらえるもの・・・」
わたしが姿を現したことにさほど驚かずにリディアは立ち上がり、あちこち汚した衣類を見回してから苦笑を見せた。
「ついてきてくれたの?リヴァイアサンにでも言われて?」
「・・・はい」
「もー、心配症なんだからあ・・・」
そういいながらも拗ねた表情は見せない。どことなくぎこちない笑顔で彼女は雨にうたれながらわたしに微笑み、
「ねえ、オーディンってむかーし人間だったことがあるんでしょ?前は、そのう、バロン王だったりも・・・したんだよ、ね?だから、教えて欲しいんだけど・・・わたし、あんまりよく知らないんだけど・・・こういうところって、お花を買って、この中に、この下にいる人にあげるんだよね?」
「・・・ええ」
「お花、なんでもいいのかな。えーっと、一応ね、買うお金はあるんだけど・・・間違って変な花買うと困るから、教えて」
「花屋に聞けば・・・」
わかるだろう。
どういう時にどういう花を買えばよいのか。そういったことは専門の人間に聞くのが一番良い。
けれど、彼女が聞きたいのはそういうことでは多分ないのだと思う。彼女はじっとわたしを見上げる。
「・・・「アレ」は・・・大輪の白い花が好きだったと」
そう答えたその瞬間。
リディアは泣き笑いの表情を見せた。
「そう・・・そうだよね。わたし、ずっと思っていたの」
「リディア様」
「おっきな、すっごい綺麗な白い花が咲いてるのを見てたんだあ・・・わたし、それを見てて、思ったの。ああ、この人は、ローザのことが好きなんだなあ、って・・・」
「・・・」
「なんでだろうね。そう思ったの・・・」
「ならば」
雨にうたれたままリディアは言葉を続けた。
「買いに行こうかと思って。大きな、白いお花。それで、ここにおいてあげるの。今日から、毎年毎年、ずっとずっと。この国の人がみんなお花を供えて、ローザもきっと、同じようにこの中に入るまでずっとお花をあげるんだろうけど、わたしも」
「・・・」
「わたしもお花をあげるんだあ・・・。決めたの」
初めての、本当の別離。
少しだけこの世から去るのが早かった、若き王の亡骸が眠る、ここは静かな静かな墓地。
そこで彼女は、とても静かに涙を流した。
目を背けてはいけない現実がここにあることを彼女は知ってしまったのだろう。

お前のように、人間に近い者が、あの少女の助けになることだろう
お前にしか、出来ないことだ

幻獣神の声をわたしは思い出した。
わたしはそっと彼女の小さな体を軽く。
本当に軽く抱きしめた。彼女は何の抵抗も見せずに静かに泣いている。
人が行き交うはずのこの墓地はとても静かで、まるで彼女に何かの決別をさせるかのように現実の人間界からすら切り離されているように思えた。
わずかな間、わたしの腕の中で泣いてから、彼女は恥ずかしそうに体を離した。
「ありがとう」
そう言うと、照れくさそうに、目をそらす。
「リディア様」
「・・・なあに?」
「花を、買いに行きましょう」
「・・・うん」
「大きな、白い花を買いましょう。そして、少しだけ幻界に持っていきましょう。あなたの、部屋に飾るために」
「うん」
まだ涙の残る眼でわたしを見上げて、リディアは無理矢理笑顔を見せた。
こんな形で決別を突きつけられる残酷な現実でも、きっとこの少女は生きることをやめようとはしないのだろうと思えるし、人間でなくなったことを呪うほどの後悔もしないのだろう。いや、しないで欲しい、とわたしは思う。
「花を買って、戻ってきましょう」
そういって歩き出したわたしに寄り添うように、心許ないように彼女はわたしのシャツを握り締めた。
わたしがそれに気付いてみつめると、そっと小さな手は力をいれていいのかどうかも困っているように、幼い子供のようにわずかに怯える動きを見せる。
愛しさに似た何かがわたしの心を動かして、そっと、まるで父親か何かのように彼女の手を握り締めた。
「手を、握ってもよろしいでしょうか」
「う、うんっ・・・あの・・・泣いたこと、リヴァイアサン達には、内緒にしてくれる・・・?」
「はい」
「バハムートにも」
「・・・きっと、あの方は、ご存知だと思いますよ・・・この日が来るだろうということは、知っていたのだと思います」
「それでも、言わないで欲しいの」
「わかりました」
立ち止まってそれだけの会話をして頷くと、彼女はほっとしたような表情を見せた。そして、もう片方の手で涙をぬぐうと「あ」と小さく声をあげて
「言い忘れていたかもしれないけど」
「はい、なんでしょうか」
「わたし、オーディンのその傷、好きよ」
「・・・存じております」
「言ったっけ」
「はい」
「・・・そっか、なら、いいんだー・・・」
彼女はそう言うと、少しだけ恥ずかしそうにうつむいた。
また、やっちゃった、という表情だということをわたしは知っているけれど、あえてそれは言わない。

花を買いましょう、あの人に。
そして、あなたに。
この人間界から消えてしまった、命が尽きてしまったあの人には弔いの花を。
それからあなたには。

人でなくなってしまったあなたには。
人であったことを愛していられるために、人間界の花を。

そうして、わたし達は、雨の中を歩いていった。





Fin


イテテテテ・・・・・
あかねたんお誕生日おめでとう!(ちょっくら遅くなったけど!)
お約束とおりのオーリディです。エロなしですが、ちょっときゅんとしながらまったりほのぼのとした感じに仕上げてみました。セシル殺してすんません・・・セシル死ぬ前にシドやヤンが死にそうなんですが、いっぱいバロンのために働いて早死にイメージです(笑)
どんなでしょう。やり過ぎだけど、あかねたんへの愛に満ち溢れていまるので、お許しをーーー!!
これ、アップしないよー!と悶えていたのですが、あかねたんからのご要望により・・・イテテテ・・・。

モドル


Atellier Paprika様


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理池袋 ブラジリアンワックス