溺愛

月の地下渓谷にリディア達が探索に行き始めて、実に今日で五日経過をしようとしていた。
当然その「日間」という概念はバハムートにはない。ただ、リディア達が一度に動ける時間は青き星での一日サイクルだったし、そのサイクルで一日を終えるときに必ずリディアは幻獣の洞窟に挨拶に来る。
気付けばバハムートはそのサイクルに馴らされてしまっていた。

「何故ここにくる」
その問いにリディアは不安そうな瞳を向けて
「迷惑かなあ?」
と聞き返す。
違う人間が同じようにバハムートに言えば、たちまち怒りにふれるに違いない。問いに答えろ、と。
しかし、この緑の髪の少女は幻獣神にとっては特別な人間、いや、特別な生き物だ。彼は一瞬不意をつかれた表情を見せて、リデャアに言った。迷惑なわけがない、と。

彼女からの召喚を感じ取り、バハムートは地下渓谷に導かれる。彼は、地下渓谷が嫌いだった。ゼロムスの悪意に満ちながら美しい場所。そして、リディア達は知らないだろうが、遠い遠い昔、ハミングウェイ達以外の生き物がこの月に存在した頃に多くの旅人が侵入し、宝に夢中になっては命を落とした場所。
そんなところにリディアが行っていることは、彼を不快にしていた。
しかし、不快と感じれば感じるほどに、召喚されてほんのひとときでも彼女の無事を感じることが出来れば嬉しいとすら思う。
「嬉しい?このわたしが?」
バハムートはおもりそくもなさそうに呟いた。そうやって言葉を音にすることすら珍しいのに。
彼は神というものだ。だからこそ、自分が感じたその感情が勘違いなどではないと痛いほどにわかる。
自分は、リディアを。
いや、そんなことはわかっていたことだ。

静かな洞窟。それは彼が愛した静寂の場所だった。だというのに彼は今、その静寂が半ば苦痛だった。
理由は知っていた。馴れてしまったあの少女の「訪問」が「今日」はない。そして、ここしばらく連続だった彼への召喚も。
たったそれだけのことが気になる自分が尋常ではないと気付いて、バハムートは音になるほど深い溜息を吐き出した。そんな音を発するのも聞くのも久しぶり(当然、数日ぶり、なんてものではないが)だと気付いて。

あの少女がどこにいるか。彼は瞳を閉じた。幻獣神である彼にとって、その情報を得ることはその気になればたやすい。
ああ、まだ地下渓谷にいる。命の灯火は弱まっていない。彼はそのことに安堵した。
何か事情があることだろう。自分と違って生きる時間が短い人間達は、常にせせこましく生きて、刻一刻と事情が変わるものだ。まるで自分に言い聞かせるようにそう思うと、バハムートは竜の姿になり、いるもならリデャアがいるはずの時間を過ごした。

それからいかほどの時間がたっただろうか。
バハムートはここ最近感じる「気」が近づいてくることに気付いた。リディアが地下渓谷から地表に近づいている。
彼はここ百年ほどは、人間に会うときには極力人間の計上に自らを変えていた。リディア相手でも、それは例外ではない。が、今日はなんとなくそうでいたくない、と思う。
黒っぽい鱗は固く、あの少女が触れては怪我をさせてしまうのではないかと思う。その気持ちに気付き、我ながらとんだ過保護だな、とまた溜息をつく。

しかしながら彼のそういった過保護な懸念など意味がなかったようで、あの少女は姿を現さない。
なんてことだ。
それは、彼女がこないという事実に対しての言葉ではない。
ここで、こうやって自分が彼女を待つ、という行為に対してだ。
バハムートはやがて、その姿を人の形に戻した。
不思議なことに、人の形になると「体温」というものを感じられるようになる。
彼は瞳を閉じた。
そして一度だけ瞬きをすると
「戻ったか」
と呟くのだった。

リディアは魔導船で仲間がみな回復シェルターに入った後でも、なんとなく1人でぼうっとしていた。
今日はバハムートのところに行けなかった・・・。
彼に申し訳ない、なんていう大それたことを思っているわけではない。ただ、彼に会いたかった。その気持ちをいまだに落ち着けることが出来ないでいたのだ。
「でも、今から出かけたらみんなに心配かけるし、わたしだけ回復遅くなって迷惑かかるし」

リディアはそう呟くと小さな溜息をついた。
今日はローザの調子があまり思わしくなく(女性には女性の事情というものがあるわけで)リディアはシルフやアスラといった召喚獣を中心に呼んでいた。
バハムートを呼んで一騎に片をつける、という風に数が多い魔物を相手にしていたわけではなく、単体で強い魔物に多く遭遇していたことも、今日バハムートを呼べなかった理由だ。
魔導船のキッチン部分でココアを飲みながらリディアはなとはなくバハムートのことを考えていた。

何故こんなにバハムートのもとに行けなかったことが気になるのだろう。
リディアが毎日あの幻獣神のもとに通うのは、初めは、彼がこの月面にしかいない存在だったからだ。
幻界にはいられない、孤独を自ら選んだ生き物。
青き星に戻ってしまえば、もう会えない竜。そして、彼女が青き星に戻ること、すなわちゼロムスを倒すことは、彼女がもう、召喚を行う必要がない世界を取り戻すことだ。
・・・だから、今のうちに会っておこう、と自分は思っているのだろうか?今はどう思っているんだろう?

ことり、とカップをテーブルに置いてリディアは舌に残ったその甘味を味わった。ココアを飲むと気分が落ち着いて、しかも、なんだか幸せな気分になる。
彼女は考えるという行為があまり得意ではない。いつも何かを「感じる」ことに重きを置いている。リディア本人はそんなことは自分でわかっていないけれど。
ただ、なんとなく。
ふと今味わった気持ちと、バハムートの傍らにいるときの気持ちは似ている、と気付いた。その意味を知ることはないけれど。

そのとき、ゆらり、と空間の歪みをリディアは感じた。それは、幻獣が現れる感覚。
「えっ」
驚きの声をあげるリディアの前に、褐色の肌に美しい銀髪、感情をつかみにくい金の瞳を持つ男性・・・バハムートが姿を現した。確かに竜の姿では魔導船にはいづらいだろう。
「わあ〜!ど、どうしたの?」
突然のことで目を丸くするリディアを、バハムートはじっと見つめた。
彼は椅子に座っているリディアの脇にのっそりと立っている。
そして、ぽつりと
「甘い香りがする」
と呟いた。

「あ、うん。ココア飲んでいたの」
そう答えたリディアの手元のカップを見て、バハムートは
「そうか」
とだけ呟く。
どうしよう。
リディアは何を言えばいいのか混乱していた。
今日行けなくてごめんなさい?それとも、どうして彼を召喚しなかったか説明をする?それとも・・・。
リディアは、そのどれもがしっくりこない、と思っていた。
そんな言い訳を彼は聞きたいのだろうか?とふと疑問が浮かんだ。

リディアが言葉に困っている様子を見ながら、バハムートはついつい来てしまった自分の心の揺れについて考えていた。
リディアの身の心配?
そんなことは意味がない。彼女の無事は離れていても彼にはわかるのだし。では何故?
「えーっと、あのね、バハムート」
たどたどしく彼を呼ぶこの少女が自分に会いにこなかった理由なんてものを追求したかったのだろうか?
いや、そうではない。そもそも彼女が会いに来る理由だって知らないのに。

「バハムート、あのね、聞いてもいい?」
困惑の表情を浮かべながら、幻獣神は緑の髪の少女の問いかけに耳を貸した。
「何だ」
彼は言葉少なく先を促す。
リディアは軽く首を傾げて
「どうしてここに来たの?」
と聞いてみた。
バハムートは今考えていたことをずばりと言われた気がして、一度目を美飛来てから静かにそれを細めて彼女を見た。
リディアは瞳をそらさず、ひたすらに彼の答えを待っている。
「迷惑か」

リディアは慌てて
「そんなわけ、ない」
と答えてから、軽く眉間にしわを寄せた。
これは、どこかで聞いた会話だ。
「・・・早く休むといい」
バハムートはそう言うと、リディアの目の前からまたたく間に姿を消した。止めるいとますらない素早さだ。
「バハムート」
リディアはその名を呟いたが、もはや戻ってくる気配もない。
どうして来るのか。
その問いにどちらも答えられないから会いに行くのだと、お互い知ることは未だないままだった。


Fin


モドル

これ、三日間にわたってあかねたんに送りました。行間で区切ってあるのが、メルマガ(笑)での区切り箇所です。
非常に充実した休日になり、感謝していますわん(笑)ほとんど書き直ししてないけど、誤字脱字直したのと、一行だけ書き忘れたとこがあったんでそこだけ書き足し。あかねたんすまんです〜。
バハリディはやっぱり、始まりから成就までの期間が短い、でも、熱烈ラブラブで「好きーーー!」とかじゃなくて・・・あかねたんいわく「幼い愛」って感じです。そうなの。幼いの。幼いんだけど、それは唯一なの。バハリディサイコー!(笑)
(もうこれ、一生の病ダネ!てへ!)
タイトルほどラブってない!という噂ですが、あたくし的にはもう、気が遠くなるラブ具合なんですけど、この話・・・(笑)






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