永遠の契約

花嫁の色は白だ、とリディアは思っていた。
それはローザが教えてくれたことだ。
手に取った衣類の中に、レースをふんだんにつかったドレスもあったけれど、それは自分とバハムートに似合っているとは思えなかった。
自分達に似合うものは何だろう。
たまたまそう思いながら手にとった服は、美しい緑色をした布にいくつもひだが寄せられた華やかな上着だった。セットになっているのか、光沢がある黒い胸当てがその上に置いてあった。
とはいえ、それだけで着るものではないとリディアは気付いて、それの側に積んであった真っ白で長い、スカートにしては少し変わった布を見つけた。
そして、そのとなりにあった、同じ色の緑で袖口や襟元を縁取られた服が男性用のものだとも気付く。
幻獣神に「この服を着てみて!」と言うのはなんだかとてもおかしい気がしてちょっとだけリディアは笑いそうになったけれど、でも、それを聞き届けてもらえたらとても嬉しいとも思えた。
だから、無理を少し言ってみた。
バハムートは自分に滅法甘い、と思う。
とても難しい表情でいつも固い言葉で、時にはリディアを悲しませるような、幻獣らしいとてもクールな物言いをするけれど、それでもバハムートは自分にとても優しい。
彼の姿が本当は人間の男の姿ではないとも知っていたけれど、彼の優しさや自分への愛情が、外見で変わるものではないことだってリディアはわかっている。
そして、自分の、この気持ちも。
たとえ、この先人間の男性と恋におちて。
そして人間界での「結婚」をしたとしても。

多分、誰に言ってもわかってもらえないのだろう、とリディアは思う。
そっと薄紅色の上着を緑色の服と黒い胸当ての間に着ながら、バハムートのことを考えていた。
(だって、あいつは人間じゃないんだぞ、って言われるんだろうな)
遊びではない。
簡単に「結婚しよう」なんて言ってみたけれど、リディアの気持ちはとても誠実でまっすぐだ。
何一つやましいことはない。
だって、 バハムートがどれだけリディアを大事にしてくれているか、彼女はいつだって知っている。
そして、リヴァイアサンとアスラのように、永遠に近い命をもった幻獣同志がお互いを選んで連れ添う相手を欲していたのならば、バハムートだって欲するのはおかしくないし、自分が欲されているのだということも薄々は感じていた。
それでも、自分は青き星の人間で、リヴァイアサンとアスラのように、バハムートの傍らで永遠に近い時を過ごすわけにはいかないのだ。だから、もうすぐここから去る。
それでも、何かの形で自分がバハムートをとても大好きで大事に思っていて、そしてバハムートから思われているということをわかっているんだ、ってことをリディアは伝えたいと思った。
とても単純で子供じみた発想だとなじられるかもしれない。
それでも、バハムートと結婚したい、と思ったことは事実だし、彼への気持ちは、この世界に生きているありとあらゆる物に対して大きな声で言うことが出来る。
が、そんなことをするのは叶わない。
だから、せめて自分達だけでも形にしておきたいと思ってしまったのだ。

式、なんてものは二人に必要がなかった。
人間の慣習といっても地域によって違うし、二人ともそんなものは実際に経験したこともない。
それでもそういうものの形式にこだわることにあまり意味がないことをバハムートもリディアもわかっている。
「手を」
バハムートはリディアに手をさしのべる。
その手の上にリディアは手を乗せた。
「・・・お前に出会えたことを、感謝しよう」
「わたしも、バハムートに会えたことを感謝するわ」
それは何にへの感謝なのか。
神様なんていう存在への感謝なのだろうか。
が、一言もそんな単語は彼らの口からは出ない。
「わたしを呼び出すことが出来る命をもつお前に忠誠を誓う」
そう言ってバハムートはリディアの手を両手の平に包んだ。
リディアをじっとみつめる。
「なあに?」
「いや・・・その・・・お前は本当に可愛らしくて、そしてすぐに死んでしまいそうな生き物なのだと思って」
「わあ、失礼ね!そんな不吉なこと言わないでよっ・・・」
大事に包んでいるリディアの小さな手。
あまりにも違い過ぎる生命の形。
とてももろい人間の身体と、そしてとても弱い召喚士の体。
それがこんなにも愛しく感じるものなのか、とバハムートは難しい表情をしながらしみじみと考えていた。
女性としての丸みが少しずつ備わって来たリディアの身体は、正直、まだ少女に近い。それが余計にバハムートにいらない心配をさせてしまう。
が、そう思えば尚のこと、この少女が自分の一生を捧げるべき召喚士なのだということをバハムートは強く感じる。
この、もろくて弱い器の中にある、召喚士としての能力の驚くべき高さと、そして。
彼女から感じる幻獣への愛情と、自分への愛情。
他に何の理由があるのだろうか?この少女を愛しいと思うのに。
「どうしたの、バハムート。やっぱり、なんか・・・いや?バカバカしい、とか・・・思ってる?」
不安そうにリディアはバハムートを見上げた。
はっと我に返ってバハムートは「いや」と呟いた。
こんなこと、今までなかった。
ぼんやりと考え事をしてしまって、自分の前に立っている自分以外の生物に気をつかわれるなんて。
いつでも自分は幻獣神としての威厳をもち、そして相手を威嚇するように、その金の瞳で強い視線を投げつけるのに。
ああ、これでは、勝てるわけがない・・・
「でも、わたし、バハムートのその服、すごい似合うと思うし、嬉しいし、それに・・・それに、本当に、バハムートと結婚出来たら・・・一緒に生きられたら、どんなに嬉しいのかと思ったの」
その瞳はとてもまっすぐバハムートを貫く。バハムートは真っ向から彼女の視線を受け止め、そして、とても穏やかに言った。
「ああ。そうだな。お前と生きられたら、どんなに嬉しいのだろうな?」
「バハムート」
ふ、とバハムートは表情を緩和させて
「誓おう、リディア。お前に、永遠の忠誠を。お前が呼べばいつでもどこででもたとえ青き星よりも遠いところだろうと私はお前のところにたどりつくだろう」
そう言って彼にしては本当にめずらしい、リディアにだって滅多にみたことがない小さな笑みをむけた。
リディアは嬉しそうに笑って
「本当に?嬉しい。あのね、バハムート、わたしも、バハムートを呼ぶわ。いつだってどこでだって、バハムートの力を必要だと思ったら、わたし、絶対バハムートを呼ぶ。バハムートのことを忘れるなんてこと、絶対にないんだから!」
幻獣との理。
召喚士が幻獣への信頼を表現する方法は、言葉なぞいらない。
ただ、いかなるときでも幻獣の力の必要性を感じたときに、呼ぶ。それが彼らにとっての最大級の愛情になるのだ。
リディアはそれをよく知っている。
いっときたりと、それを忘れることはない。
召喚士は寿命が短いと言われる。
それは召喚と密接な関係があるのだとバハムートは知っていた。
それでも自分はリディアに呼び出されることを至福のことと思っているし、リディアもまたバハムートを呼び出すことを光栄だと心から思っていた。
リディアのその言葉は、例え命が擦り減ったとしてもバハムートを選ぶ、という意味だ。
「リディア」
「え」
バハムートはそっとリディアに近寄って、そっとその柔らかい緑の髪に上から軽く口付けた。
「バ、バババハムート?」
驚いてリディアは身体をひこうとする。が、そのままバハムートはリディアを抱きしめた。
「人間はこういうことをするのだと知っている」
「う、うん」
リディアはとまどって真っ赤になった。
「リヴィアサンとアスラが、結婚などというものをしたい、というのが・・・よく私にはわからなかったし、何故そこまで人間に感化されるのか、ととても不思議だった」
腕の中でそうっとバハムートを見上げる緑の髪の少女は
「今は?」
と不安そうに聞いた。
「・・・なんとなく、わかる気がする。ただ違うのは・・・」
いいや、よそう、トバハムートは言葉を切った。
リヴァイアサンとアスラの結婚は、共に生きるためのもの。
そしてバハムートとリディアの結婚は。
共に生きることがかなわない二人が別れるためのもの。
例え永遠を誓いあったとしても、とても近くてとても遠くて。
ぎゅ、とリディアはバハムートの服を掴んで胸元に頬を摺り寄せる。それから幸せそうに瞳を閉じたまま甘えた。
「バハムート、もっとぎゅってして。今、初めてバハムートの体温に気付いた」
「む?」
「今日のバハムートは、あったかいね」
「・・・そうか」
バハムートは抱きしめる腕に力をいれた。
小さな細いこの生き物が折れないように、けれども、強く、強く。

月が青き星の熟成を待つように。
青き星の引力から解き放たれずに、永遠に思える時間を回り続けるように。
ただただひたすらに求め続けた存在が自分の腕の中にいることに、バハムートは安堵と喜びの溜め息をもらした。
これから、自分達はどうなってしまうのだろうか。
今、青き星の召喚士と、月の幻獣神は、お互いを生涯の唯一の存在として強い契約を交わそうと、強く抱きしめあっていた。
まるでそれしか、相手を愛しく思う気持ちを表現できないように。


Fin

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