永遠の契約

花嫁の色は白だ、とリディアは思っていた。
それはローザが教えてくれたことだ。
手に取った衣類の中に、レースをふんだんにつかったドレスもあったけれど、それは自分とバハムートに似合っているとは思えなかった。
結婚、というものは、好きな男女が行うものだ。
バハムートを「男」ということにためらいはあるし、自分達の間柄は結婚もなにも恋人同士ですらない。
けれど、あえて「結婚」なんていう言葉を使って、そして自分が喜んでしまったことを、リディアはすんなりと「だってわたし、バハムートのこと好きだもの」と受け入れていた。
もしも自分が幻獣だったら、彼と一緒に生きていきたい、と思っていることは事実だ。
いや、正確には「もしも自分が幻獣と共に生きていけるのならば」。この言葉が正しい。
人間界を捨ててしまえばそれは可能だけれど、もうリディアは人間界に戻り、そして自分がそこで生きて行く生き物だということに気付いてしまった。
それに。
幻獣達は、自分に呼び出されることを喜びとする。
幻界にいる限り、何の間違いがあっても自分は絶対に幻獣を召喚することはないだろう。
自分がその道を選ぶことは、幻獣達を失望させることだとこの聡い少女はわかっていた。
そして大袈裟かもしれないけれど、いつの日か自分は本当に愛する男性と結婚をして、そして自分のように召喚士の血統をもつ子供を産みたい。
それが、リディアに人間界に戻る決心をさせた理由だ。
「わあ、バハムート、すっごい素敵だよ!嬉しいなあ」
「・・・?・・・」
少し厚手のしっかりと織られた黒地の服は足元までを覆い、ところどころに、うっすらと銀の刺繍が地に施されたくすんだ青緑の布で縁取りをされていた。
そして、こちらははっきりとした刺繍が模様を描いている白い布を肩から腰にかけ、最も大きな装飾品をその上からかけていた。まるでもとからその服のために作られたように、くすんだ金色を基調にした装飾品はとても彼の瞳の色に似合うとリディアは思う。
一方のリディアは、バハムートが肩から腰におとしている布と同じもので作られた服を身にまとっていた。
そして、バハムートとは逆で、彼の服の地と同じ布を肩から腰、そして背中へと回して大きく後ろで結んでいる。
施された刺繍の色は、彼の服を縁取っている青緑色と似た、しかしわずかに銀がかっている色だ。
「素敵、という言葉の意味が、どうも・・・あまりわからないが・・・」
褒められて恥かしい、とは違う。
そもそも衣類などに気を遣うことがあるはずもないバハムートだから、本当にリディアが褒めていることすらどういう部分が評価されているのか理解出来ないのだろう。
「よくわからないが・・・ああ、お前は本当に美しいのだな。
いつも戦いから帰って来た、少し汚れた格好しか見たことがなかったから、なんというか・・・」
普段使わない言葉を発しようとしてバハムートはわずかに眉間に皺を寄せた。それから
「美しい」
「・・・やだ、恥かしいじゃないっもう!」
「恥かしい?何故?」
「何故って・・・だって」
そこまで言ってリディアは照れたように笑った。
そうだ。バハムートはそういうことは多分わからないのだろう。ただ、思ったことを口にする、それだけだ。
きょとんとしているバハムートを見て、「可愛い」なんて思うことが出来るなんて、不思議だなあ、とリディアは思いながら笑顔を見せた。
「面と向かって褒められるなんて、慣れてない」
「そうか」
リディアは恥かしそうに、頭につけた白い布で顔を隠そうともじもじとうつむく。
と、そのとき、布を押さえていた、頭に載せていた小さな冠がかしゃり、と地面に落ちてしまう。
「あっ!」
「・・・ああ、もろいものだったのだな」
地面に落ちた冠は少し欠けてしまって、髪を押さえる金具がとれたようだった。
「これじゃ、頭につけられないなあ・・・」
悲しそうにリディアはそれを拾って見つめた。バハムートは「それがなくとも」と、どうということでもないように彼女の様子を見ていたが、やがてリディアは
「そうだっ、これ」
ごそごそと、いつもポーションなどをいれておく袋を開いて何かを探し始めた。
「これ、代わりになりそう。似合う、かなあ」
そう言ってリディアが取り出したものは。
それは、リディアの母親の形見の、金の冠だった。それを嬉しそうにバハムートに差し出してみせた。
バハムートには似合う、似合わない、などわからない。
けれど、なんだかそれは、自分とリディアがこれからあげる「結婚式」なんてものにとても似合うような、そんな気がする。
彼はリディアの手からそれを受け取り、それから彼女の頭にそっと挿しこんでやった。
「・・・ああ、お前は、本当に美しいな」
今度はリディアは照れずに、嬉しそうに笑った。
「・・・ね、じゃ、バハムート、結婚式、あげよう」

式、なんてものは二人に必要がなかった。
人間の慣習といっても地域によって違うし、二人ともそんなものは実際に経験したこともない。
それでもそういうものの形式にこだわることにあまり意味がないことをバハムートもリディアもわかっている。
「手を」
バハムートはリディアに手をさしのべる。
その手の上にリディアは手を乗せた。
「・・・お前に出会えたことを、感謝しよう」
「わたしも、バハムートに会えたことを感謝するわ」
それは何にへの感謝なのか。
神様なんていう存在への感謝なのだろうか。
が、一言もそんな単語は彼らの口からは出ない。
「わたしを呼び出すことが出来る命をもつお前に忠誠を誓う」
そう言ってバハムートはリディアの手を両手の平に包んだ。
リディアをじっとみつめる。
「・・・バハムート」
と、次の瞬間、リディアの瞳から涙がつ、と零れる。
「わたしっ・・・。わたしは、それでも人間で・・・あなたと一緒には生きられないの。それでも、わたしのこと、嫌わないで」
「お前に」
もう一度バハムートは繰り返した。
「忠誠を誓う。たとえ、この先お前の一生の中で、わたしがお前の力になることが二度と起きなくとも、わたしはお前を思い続けるし、お前がいかなる場所でわたしを呼んでも、変わらずにお前の力になることを、誓おう」
そんなものは誓いをたてなくても幻獣であれば当たり前のことだ。
それでも、バハムートは言葉にしなければいけない、と何故だか思った。
リディアは泣きながら笑って
「わたし、わたし・・・本当に、召喚士でよかったと今心から思っている。あなたに出会えて」
「わたしも、幻獣でよかったと心から思っている。・・・わたしの一生をお前に托そう」
「わたし、あなたのことを独占してもいいのね?」
「ああ・・・お前はわかってくれると思っていた」
バハムートはそっとリディアの手を離す。なんて美しい金色の瞳なのだろう、とリディアはバハムートを見上げる。多分彼が人間の男の形をしていなくても、この瞳を自分は愛してしまっただろうな、なんてことをふと思う。
それからリディアはたまらずバハムートの胸の中に飛び込んで言った。
「もしもわたしが死んでしまって、それからいつか、あなたの前に召喚士が現れても、あなたはその召喚士を認めないの?」
「認めないのではない」
「でも」
「ただ、わたしは、お前を、選んだのだ」
「バハムート」
「召喚獣としての喜びは、お前に名を呼ばれたときに与えられる。お前だけを、愛して、お前だけが、わたしの名を呼ぶことが出来る。たとえこの先お前と同じ力をもつ召喚士が現れようと、わたしの名を呼ぶことが出来るのは、お前だけだ」
「それは、とても嬉しくて、とてもつらいよ」
「違う」
バハムートはそう言って、リディアを強く抱きしめた。
それは初めてこの幻獣神が、まるで人間の男のように強い力を込めてリディアを抱きしめた瞬間だった。
「お前は、知っているはずだ。本当は幻獣はすべて、「唯一の召喚士」を探して生きているのだと。わたしは、お前と、出会ってしまった。だから、お前の言う「結婚」というものをお前としてもいいと思った・・・お前は、知っている」
「知ってるわ」
リディアは身体をバハムートに寄せた。
「わたしは、幻獣神に選ばれた召喚士なのね」
「そうだ」
「お母さん」
小さくリディアは母を呼んだ。
バハムートはもう一度、リディアを抱きしめる。
「お母さん」
リディアの腕がそっとバハムートの背に回され、そして力が込められる。
ああ。
これは、どういう気持ちなのだろう。なんという言葉にすればいいのか、難しい。
バハムートは瞳を閉じ、それからゆっくりと美しい金の瞳を開けて声をかけた。
「リディア」
「なあに」
「これから、ハミングウェイたちの集落に行こう。そして、彼らの歌を聴こう」
「うん」
「祝福の歌を」
長い長い時の中で、ただ一人の存在を求め続けて。
ようやく、あまりに遠い空間を隔てた、青き星の召喚士を腕に抱くことが出来たその喜び。
ああ、そうだ。これは。
「これを人間達は、幸せ、と呼ぶのだな」

月が青き星の熟成を待つように。
青き星の引力から解き放たれずに、永遠に思える時間を回り続けるように。
ただただひたすらに求め続けた存在が自分の腕の中にいることに、バハムートは安堵と喜びの溜め息をもらした。
これから、自分達はどうなってしまうのだろうか。
今、青き星の召喚士と、月の幻獣神は、お互いを生涯の唯一の存在として強い契約を交わそうと、強く抱きしめあっていた。
まるでそれしか、相手を愛しく思う気持ちを表現できないように。

Fin

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