ごほうび

人間の子供は、まったく、よく泣くものだ。
シルフ達は半ばうんざりしながらも、幼いリディアの面倒を見ていた。
リヴァイアサンに頼まれて、彼女達の仲間であるカトレアが、人間界からやってきた少女の面倒を見ることになった。
シルフ達は気まぐれだけれど、仲間意識は強い。
幻獣の中でも、単体では暮らさない珍しい一族だ。
個体の力が強い幻獣は、ありとあらゆる生き物の鉄則というのか、一人で存在し、一人で生きていくものだ。
けれど、シルフやチョコボといった幻獣達は多くの仲間がいる種族のようなものだ。
とはいえ、シルフ達は人間や他の動物のように、交尾をして繁殖をするわけではない。
だから、子供を育てる、なんていうことも彼女達は実はよくわからない。
それでも、何かをやってあげると「ありがとう」と頭をぺこりと下げる少女を見れば、悪くない気がするし、リディアが笑顔を見せればそれはそれで可愛いじゃない、と思う。
その程度の感覚は人間に近いから、だから。
だから、リディアが泣けば、彼女達は困り果て、しかも面倒くさくなってうんざりもしてしまうわけだ。

「大体、わたし達より体が大きいのよ」
「なのにわんわん泣くんだもの」
「カトレアったら、朝から晩まで一緒にいて、よくもまあ気が違わないもんよね」
「ほんとにあの子が、わたし達のこと召喚出来るようになるのかしら?」
シルフは移り気でおしゃべりで、けれどその反面幻獣らしく情にこわいところも持ち合わせている。
みななんだかんだ文句をいいつつもリディアのことは嫌っていない、むしろなんとか育ててあげようと思っている。
仲間であるカトレアが苦労しているから、というだけではなく、リディアという人間自体の愛らしさも彼女達が好ましいと思っているからだ。
もともとシルフ達はあまり幻獣界にいない。
彼女達は気軽に人間界に出かけていって、気軽に好きなことをして、気軽に行きたい場所に行って暮らしている。
幻獣界に定住すれば、何かをするときに常に幻獣王の目が光っていて面倒に思えた。
それに、身近にそういった大きな力をもつ生き物がいるのは、彼女達のようにあまり固体が強くない種族にはありがたいことではない。(まあ、守ってもらえる、といえばそれは確かにメリットではあるが)
彼女達シルフは「一族」といってもいいほどの人数がいたから、そうであればまたリヴァイアサンが管理をしている幻獣達の町とは別のコロニーを作ってもおかしくはない。
そういうわけでシルフ達はシルフ達だけで居住区を設けて別の場所で生活をしていた。
彼女達は一応の持ち回りで、誰かは幻獣の町に必ずいるようにしていた。
たまたま、リディアが幻獣の町に訪れたときにそこにいたのが、幸か不幸かカトレアだったわけだ。
「カトレアも大変ねえ〜」
「どうしたらすぐ泣き止ませることが出来るかしら?」
「お花を持っていったらどうかしら?お花が好きみたいよ」
「ダメダメ、泣いたらすぐにあげられるものじゃないと」
「うーーん」
今日のシルフ達の井戸端会議の話題の中心は、リディアだ。
昨日リディアははしゃぎすぎてチョコボから落ちてしまって大泣きをした。
シルフ達は怪我の手当てくらいは朝飯前だけど、泣き止ませるのは一苦労というわけだ。
「人間のことってわからないもんね」
「誰に聞けばいいのかしら」
そして・・・
その白羽の矢は、とある幻獣に立つのだった。

「泣く子供をあやす?」
甲冑の中でオーディンは顔をしかめた。
「そう。どうすればいいのかしら」
「どうすればいいのかしらね」
「教えて欲しいの」
「何か知ってる?」
「・・・みな一斉に喋られると困るのだが」
シルフ達、それも6人くらいに囲まれて、オーディンは言葉通りに困ったようにそう告げた。
「頭をなでればよいのではないか」
「わたし達、手が小さいんだもの」
「わたし達、大きくなれないんだもの」
シルフ達は羽をはばたかせて飛んでいる。
幻獣はある程度体の大きさを変えられるけれど、彼女達はあまり大きくなってしまうと、羽根の力と体の重さの関係で飛ぶことが出来なくなってしまう。
彼女達は人間サイズになっているオーディンの肩に乗ったり頭に乗っかったりしている。
「それならば」
「ええ」
「なあに?」
「甘いものでも与えれば良い」
「甘いもの・・・?」
「子供は甘いものが好きだから、騙されるものだ」
「花の蜜を集めてくればいいのかしら?」
「果物はどうかしら」
「でも、わたし達が持っていくのが簡単じゃないと」
「人間界で探してくれば良いだろう」
オーディンはそう言って、逃げるようにその場を離れた。
彼はシルフ達が嫌いなわけではないけれど、5人や6人も集まって耳元できゃっきゃっと騒がれるのは得意ではない。

行ってはいけないと言われていた、人間界に続く洞窟にリディアは勝手に足を踏み入れた。
その結果、洞窟内にいる魔物達に襲われてしまい、それを感知したリヴァイアサンが慌てて助け出すことになってしまった。
リディアは部屋に戻ってきてから、隅っこで泣いていた。
魔物に襲われたこと。リヴァイアサンに怒られたこと。理由はいくつもあったけれど。
なによりも自由に人間界に行けないということをまた改めて知らされたことがショックだった。
知らなかったわけではない。
この幻界に来たときよりも、少し知恵がついた今のほうがよりいっそう人間界への気持ちが時折彼女を襲う。
帰りたいとか戻りたいとかいうはっきりとした帰郷の念ではない。
ただ、とても単純に「様子を見たい」と思うだけだ。
まだまだ子供のリディアにとっては「ちょっと見たいだけなのに!」という言葉すら否定されてしまったこと、そして自分一人では何もかもままならないことを知らされたこと、それらのものが心を乱して、涙が止まらない。
「リディア」
カトレアの呼びかけに返事もせず、あまり広くない部屋の隅で、壁の角とベッドの間にすとんと座り込んでリディアは泣いていた。ちょうどその位置に座り込むと、ベッドの高さが彼女を隠すのにいい具合だ。
誰から隠れるか、という話ではなく、一人でいるその小さな空間が、拗ねて泣いているには心地よいのだろう。
「リディア」
「一人にして」
ようやくの返事がそれだ。
一人にしてあげたいは山々だけれど、泣き疲れて寝るわけでもなし、お腹が減った、と言い出すわけでもなく、カトレアはほとほと困ってしまった。ぐすぐすと鼻をすする音が時折聞こえるのは耳障りだ。
大体、一つ屋根の下にいる人間が泣いているというのは憂鬱なもので、同居人、かつ面倒を見ている側からすれば「いい加減に泣き止んでよー!」と叫びだしたいくらいだ。
「リディア、ね、じゃ、一個だけ」
「なあに?」
リディアの頭上でカトレアは羽根を羽ばたかせて声をかけた。
「目を、閉じて、口ちょっとだけあけてくれる?」
「・・・?」
両目の端にまだ涙を残しながらも、リディアはぱちりと瞳を閉じた。瞳を閉じたことで、左眼にあふれそうに溜まっていた涙がぽろりと頬を伝って落ちてゆく。
ぐすっと鼻をすする情けない有様だけれど、幻獣はそういった美醜だけにこだわるわけでもない。
わずかにあけたリディアの小さな唇と唇の間に、カトレアはころん、と小さな黄色の塊を投げ込んだ。
「もういいわよ」
「・・・」
ぱちりと瞼を開き、それから2,3回瞬きをする間にリディアの口元はもぐもぐと動く。
「わああ、あまぁーい!なぁに?これ」
「砂糖を固めたお菓子よ」
「おいしい!ね、もっと頂戴!」
「・・・泣き止む?」
カトレアの問いに、リディアはぴくり、と妙な動きを見せてから止まる。
「・・・う、うん、泣き止む」
「じゃあ、もう一つあげる」
カトレアは羽根を羽ばたかせて、リディアの背では決して届かない、戸棚の高い位置においてある瓶の傍へと飛んでいった。
瓶の蓋を開けるのが大変ではないかと思うけれど、器用にカトレアはそれを開けた。
透明な瓶の中に、可愛らしい星を形どったように見えるたくさんの砂糖菓子が詰まっている。
その中からピンク色のものを取り出して、カトレアはリディアのもとに降りてきた。
「はい。口をあけて」
「はぁーい」
無防備に口をあけるリディアは、既に涙はどこにいったやら、だ。
ぽん、と口の中に放り込まれた砂糖菓子は、舌の上で甘い味を振りまきながらじんわりと溶けてゆく。
歯で挟んで軽く噛むと、それはあっけなくぱきんと割れ、いっそう溶け出す速度を増していくようだ。
目を閉じると更にその甘さを強く感じるように思えた。
「あまぁーーい!」
「リディアが」
カトレアが優しく言う。
「良いことをしたときに、あげる。覚えておいて。あれはね、わたしの仲間が人間界から運んできてくれたとってもとっても貴重なものなの」
まだ部屋の隅っこで膝をかかえながら、甘さを堪能しつつリディアはカトレアを見上げた。
「良いことをしたときに?」
「うん。今は、泣き止んだでしょ?今のは泣き止んだご褒美」
「じゃあ、今度から泣いたらあれをくれるの?」
「わざと泣いたら、二度とあげないわよ」
そこははっきりと言っておかなければ、とカトレアは毅然と言った。子供はずる賢いものだとシルフ達は知っていたから、もしかしたらリディアが今後、砂糖菓子を食べたくて嘘泣きをするのではないか、とも危惧していたのだ。
なーんだ、とリディアは少しの間唇を尖らせていたけれど
「約束して。勝手にあれを食べないってことと、それから、欲しいからってわざと泣いたりしないって」
というカトレアの言葉に、小さく頷いた。
「勝手に食べなくても、わざと泣かなくたって、いいことしたら、貰えるんだよね?」
「そうよ。一人で服をたためるようになったり、他の幻獣を召喚出来るようになったりね。そうしたら、わたし達からご褒美としてあげる。リディアが一所懸命なことを、ちゃーんと褒めてあげるから」

あまり早いスピードではなかったけれど、シルフ達が人間界から持ち帰った砂糖菓子は月日の経過と共に減っていった。
時には泣いているリディアをなだめるため、時には勉強を頑張ったリディアを褒めるため、時には人間界のことを思い出して寂しい夜に。
それと共にリディア自身も変化が見られた。
子供のときは一気にがりがりと食べてしまったのに、いつの日か口の中でそれが溶けるまで、大事に大事に味わうようにもなった。
砂糖菓子には限りがあること。シルフ達が自分のことを思って持ってきてくれたこと。そのことのありがたさを理解出来る年頃になっていったということだろう。
「リディア、人間界にお戻りなさい。あなたの大事な人たちが、あなたの力を欲しています」
アスラの凛とした声。
突然の別れがやってきたその時に、リディアは泣いた。
いつか来ると思っていた。そのために自分はここにいた。
けれど、別れの覚悟はまだ出来ていなかった。そんなときに、リヴァイアサンとアスラから、リディアは背中を押されてしまった。
「やだよ、だって、わたし、まだみんなを召喚出来るわけじゃない!まだ・・・まだここに・・・」
そう口で言いながらも彼女の心は複雑で、人間界に戻ってセシルと再会出来る喜びを感じている自分がいることをリディアは気付いていた。
その反面、住み慣れたこの幻獣の町から有無を言わさずに追い出されるような、そんな追い立てられる別れを信じたくなかったし、ただただ子供のように(実際まだ大人と言うには早すぎるのだが)首を横にふって「こんなのは、嫌」と呟くことが精一杯だ。
シルフ達がリディアの服を運んできて、彼女を着替えさせた。
人間界に戻れば、幻獣の町では出会わなかったような魔物達を相手にすることになるのだろう。
何人かが装備品を運び、幻獣王の館でリヴァイサンとアスラに見守られながらリディアは身支度を整えた。
「リディア」
ひととおりの仕度を終えたときにカトレアは小さく微笑みながらリディアに呼びかける。
「うん」
「口、あけて」
耳に馴染んだ声とその言葉。
けれども、リディアは何を思ったのかそれに応じずに、少しだけ考えてから首を横に振った。
「どうしたの?」
「んーん・・・帰ってきたら・・・やんなきゃいけないことやって帰ってきてくれたら、ご褒美くれる?」
白い砂糖菓子を手に持ってリディアの顔の前に飛んでいたシルフは、しばしの間リディアをみつめ、それからようやく
「ちょっとだけ、大人になったのね」
と嬉しそうに言った。
リディアは照れくさそうに笑ってから
「今度はわたしが、砂糖菓子持ってきてあげる。シルフのみんなに分けられるように、いっぱい」
そう言って小さく首を傾げた。
「だから、それはわたしの替わりにカトレアが食べて。それは、今日までカトレアがわたしの面倒を見てくれた、御礼。そのう、わたし、まだ自分ではなんにもカトレアにあげられないから」

人間界に戻るリディアを見送ってから、カトレアは仲間達を幻獣の町に呼んで、残っている砂糖菓子をひとつずつ渡した。
瓶の底にはほんの数粒の砂糖菓子が残るだけで、それは、リディアと共に暮らした幻獣界での年月を表しているように見えた。
自分達の口には大きすぎる砂糖菓子を、かりかりとかじりながらシルフ達は
「甘いわね」
「綺麗な色ね」
「花の蜜よりおいしいわ」
「べとべとする」
口々に感想を言ってから水浴びをするために、水が湧き出る、幻獣界の中にある森へと飛んでいく。
仲間達に混じってカトレアは小さく溜息をついた。
リディアがいなくなってほんの少しだけ寂しいとも思ったけれど、それはほんの少し。
その寂しさを我慢すれば、リディアがきっと甘いお土産を持ってきてくれるのだろう、とカトレアは思った。

Fin




モドル

 

 

 





女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理