いたずらゴブリン

トロイアの公園には芝生が広がっていた。目に鮮やかな緑色が敷き詰められ、土が覗いている部分なぞなかなか見当たらない。その上を子供達がきゃあきゃあいいながら走り回っている。ひときわ甲高い女の子の声が聞こえて、ごろりと横になっているエッジが顔をしかめながら体を起こした。
「んだよ・・・うるせーな」
「しょうがないでしょ。子供達が元気なのはいいことだわ」
芝生の上に座っているローザがたしなめるようにそう言った。その横にはリディアもごろりと寝転がっている。
セシルとカインが買い物から帰ってくるのを待ちながら、エッジとローザ、そしてリディアは公園でぼうっとひなたぼっこをしている。
ほんの僅かに吹く風。
その心地よさにうっとりしながらローザは頬にかかる髪を指でかきあげ、耳の後ろにかけた。忘れかけていた、ゆとりがある時間を味わうにはもってこいの気候だ。
体をおこしたエッジは、一体子供達が何をして騒いでいるのかを確かめた。
「なんだ、鬼ごっこかよ」
ぼそりと独り言。
耳ざとくローザがそれを聞きつけて、すぐさま質問をする。
「・・・鬼ごっこ?何それ」
「何それ、って・・・一人が鬼になって、他の子を捕まえるんだろ?」
エッジはそういって、走っている子供達のほうへあごをしゃくった。
見れば子供達は一人の子に追いかけられて逃げている。笑い声が時々起こるけれど、逃げている子供も追っている子供もかなり真剣に走っているようだ。
リディアはようやくもぞもぞと動き、ゆっくり体をおこした。
完全に呆けていたのか、だらんと腕をおろしてぼうっとした目で辺りを見回す。
きゃあー、とか、逃げろー、とか。そんな声が響いて、苦笑する大人達の視線なぞまったく気にせずに子供達は走り回っている。
ローザはその様子を見てさらりとエッジに言葉を返した。
「あれはいたずらゴブリンでしょ?」
「い、いたずらゴブリン!?」
ローザの返答に驚き、素っ頓狂な声をあげてエッジは口元を歪める。
言葉そのものが信じられない、といいたそうに何度も「いたずらゴブリン!?いたずら、ゴブリンって、なんだよ、いたずらゴブリン!?」と繰り返した。
が、当の本人ローザは特に気にもしない様子だ。
「そうよ。エッジったら、知らないの?」
「鬼ごっこだろ、鬼が、みんなをおっかけるんだろ?」
「オニって、何?」
またもローザはエッジに質問をする。
リディアは一体二人が何を言っているのかまったく理解出来ないように、ぼんやりと静かに聞いているだけだ。
「鬼って・・・あーー・・・」
エッジはローザが何を言っているのかがようやくわかったらしく、くしゃくしゃ、と自分の前髪を乱暴に何度かかきあげた。
「まあ、ゴブリン、みたいな、もんかなぁ・・・。なんつーか、文化の差ってヤツだな」
「じゃあそれはゴブリンごっこっていう意味なの?ゴブリンごっこってことは、みんながゴブリンになるの?」
「違う違う。おいかけてるのがゴブリンだ」
「じゃ、一緒ね。いたずらゴブリンは、ゴブリンが人間にいたずらしようとしておっかけてくるんだもの」
なるほど、エブラーナとバロンでは、同じ遊びでも名称が違うらしい。もしかしたら目の前で楽しそうに遊んでいるトロイアの子供達に聞けば、また違う名前で呼ばれているのかもしれない。
「ねぇ、バロンあたりじゃ、いたずらゴブリンよね?」
何の気なしにローザはリディアにそう言った。
しかし、リディアは「何のことを言っているのだろう」と二人の顔を見る。それから子供達のはしゃぐ姿をもう一度見て、ようやく今度は彼女が質問をする番だ。
「ねえねえ、あれは、何してるの?」
「「えええっ!?」」
ローザとエッジは同時に驚きの声をあげた。
が、声を上げた瞬間に二人はこれまた同時に「しまった」と心の中で舌打ちをする。
そうだ。
多分、リディアは鬼ごっこ(まあ、あるいはいたずらゴブリンと呼ばれる子供の遊びであるが)をしたことがないのだろう。それは幻界に幼少期から行ったから、という理由ではなくて、もっと根本的な理由で。
ミストの村の人口は少なかったらしいし、そうであればリディアと同じくらいの年齢の子供なぞそう何人もいなかったに違いない。人数が少なければそれで遊ぶわけにもいかないのだろうし。
「あれは、えーと、鬼ごっこっつってな」
「いたずらゴブリンよ」
「じゃ、それでいーよ。いたずらゴブリンつって・・・って、ルールは鬼ごっこと一緒なのかよ?」
説明前にエッジとローザはお互いが知るその「遊び」のルールを確認しあった。どうやら同一の遊びであるようだ。似たものが違う国では違う名称で呼ばれていることくらいよくあることだ。
ようやくリディアにそれをたどたどしく説明すると、まったく悪気がない次の質問がやってくる。エッジとローザにとっては当然である暗黙の了解ともいえる遊びのルールが、リディアには通用しないのだ。
「なんでみんなを追いかける子がゴブリンなの?ゴブリンは人を追いかけないでしょ?」
まったくもって、その通り、とローザもエッジも苦笑を見せた。
しかし、そういう部分を深く追求するのはあまり意味がないということを説明するのもなかなかに厄介だ。
「ゴブリンは、まあ、どーかは知らないけどよ」
そこはまあ、年上の貫禄(?)というかエッジの方が先に口を開いた。
「エブラーナの伝説上の生き物で鬼っていうのがいてな。子供達をさらったりする魔物みたいなもんなんだ。ま、伝説の生き物だから実際にいるわけじゃないんだけどな」
「ふうーん」
「だから、最初じゃんけんで負けた子供が鬼になって、他の子をさらう、っていう設定っつーか、イメージっつーか」
「じゃんけんって何よ」
そう聞くのはローザだ。
「なんだよ、じゃんけん知らないのかよ、お前」
話をすればするほど違う文化が出てくることに驚きながら、またもエッジとローザは「じゃんけんというものは」とお互いの文化のご紹介をし合う。
が、話が先に進んだ二人においていかれながらリディアはもう一つエッジに質問をした。
「ねえ、そのオニって、どーゆー魔物なの?ゴブリンみたいなの?」
そりゃ、確かにわかるわけないよな、とエッジは説明をする。
「あんな可愛いもんじゃねーよ」
「あら、ゴブリンだってそんなに可愛いわけじゃないわよ」
いちいちローザが反論するのを無視するように、エッジはリディアだけを見て話す。決してエッジとローザは相性が悪いわけではないが、こういう面倒な時に限って二人はまったく反対意見が飛び出して来て厄介だとお互い思ってはいる。
「鬼ってのは、もっと、でっかくてなー。大きい棍棒もって・・・でっかいつっても、俺とかより大きいくらいな。イメージとしては・・・そーだなー。おめーぐらいならひょいと小脇に抱えるか・・・大きいやつなら、手ん中にこう、ぎゅっと握られちまうかなぁ。伝説によってサイズもかなり違うんだけど・・・角がこう、頭に生えててよ、牙がちょっとあって・・・牙っていうかアレは犬歯っつーのかな。そんで、体は全身赤くて、あんまり服とか着てなくて・・・」
そんな話をしている間に子供達はどこか遠くに走っていってしまったらしく、あたりは散歩をする人々、彼等のように芝生の上にごろりと身を横たえる人、ベンチに座ってまどろんでいる人、と穏やかな空気が戻ってきたようだ。
「ああ!」
リディアは明るい表情で声をあげた。
「オニって、イフリートのこと?」
「・・・ぶは!」
エッジは吹き出してからしみじみと自分があげた「鬼」の特徴を思い返し、そして、リディアが召喚する炎の魔人の容姿を思い出して妙に納得をする。確かにそうだ。体が大きくて、角があって、うーん、牙があったかどうかは記憶にないが、全身赤くてあまり服を着ていなくて・・・。
「それなら、そっか、イフリートに追いかけられたら熱いもんね、逃げるよね」
「いや、そーゆーことじゃ」
ないんだが、お前、ちゃんと人の話聞いてる?
と、そこまで言おうとしたとき、こちらに向かって歩いてくるセシルとカインを発見してローザがエッジの言葉を遮った。手をあげてセシル達にふるローザ。
「二人とも、ここよー!」
「あっ、お帰りなさーい!」
リディアも話の途中だというのにころりと笑顔になって手をふる。ま、いいけどよ、とエッジはその様子を見て肩をすくめた。
が、ローザはまだ話が終わっていない、とばかりに、買い物から戻ってきた二人にまでも「いたずらゴブリン」と「オニごっこ」の話を早々にしてみた。
「いたずらゴブリンだよね」
「ああ、いたずらゴブリンだ」
「だから、文化が違うんだからいいんだろーっつーの!」
わざわざバロン出身者で結託をしてそこまで主張しなくとも。エッジは降参のポーズをとりながらもそう言って唇を尖らせてみせた。
「そのオニって一体」
やはりセシルもカインも言うことは同じだ。仕方なくエッジは先ほどリディアに話した内容と寸分の差もない鬼の描写を伝えた。
「よくわかんないな。エッジ、絵で描いてくれよ」
悪気もなくセシルは呑気にそう言う。
「絵?おいおい、俺が絵ー描くとなると、高くつくぜ?エブラーナ王子がお描きあそばれるんだぜ?」
「なんか言葉が変よ」
ローザが笑いながら指摘をする。まあ、それはともかく、リディアの誤解も解いたほうがいいしな、とエッジはセシルにいわれた通りに「オニ」の絵を描こうとした。が、紙もペンもないものだから、5人はわざわざそれだけのために砂場を見つけて移動をした。
「鬼ってのはなー、こんなで、こんなで・・・」
木の枝を使って砂場でエッジは絵を描く。
がりがりと音がするので、砂の下には案外固い土が敷かれていることがそこから伝わる。
「こんな感じかな。これが鬼だ!」
エッジはそういって、ぽい、と枝を地面に投げ捨てた。
セシル・カイン・ローザ・リディアがエッジの描いた「オニ」とやらの絵を上から覗き込む。
「ねー、エッジい・・・」
それをしばらく見てから、リディアが上目遣いでエッジを見る。何か不平があるときの表情であることは明白だが、エッジはしらばっくれた。
「なんだよ。俺様の絵心に感動したか?」
「エゴコロって何?」
「えーと、絵心ってのは・・・」
また話が脱線したところで、ローザ達がエッジの絵を見ながらぐさりと核心をついてきた。
「っていうか、これ、イフリートじゃない?」
「イフリートに見えるよ」
「・・・エッジ、イフリート描くの上手いな」
最後の嫌味はカインからの言葉だ。
「イフリートじゃねーってば!!」
「じゃ、万国共通ってことで、僕がバロン国王になった暁にはあの遊びを「いたずらイフリート」と統一することにしようよ」
「「「「いたずらイフリート!!?」」」」
未来のバロン国王の提案にエッジを含めて全員が腹を抱えて笑い出した。さすがにその言葉の響きにはリディアも笑ってしまったらしい。
あのイフリートがいたずらをするなんて、一体どんないたずらだ。
リディアは、今度イフリートを召喚したらわたし笑っちゃうかも、なんて悪気のない笑顔でひどいことを言う。
あれが後ろからおっかけてきたら、マジこえー、マジやべー、とエッジも笑い転げていた。

後にリディアのその言葉とおり、次にイフリートを召喚したとき、一同は突然思い出したように笑い出してしまい、瀕死の重傷を負うことになったとかならないとか・・・。

とりあえず、間違った皆の認識を正すためにエッジは戦いの後、エブラーナに戻ってからエブラーナ城で焼け残った書庫から絵本を探してリディアに渡しに幻界に行くのだが、それはまた別の話である。


Fin



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